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僕が父親を殺すまでの物語  作者: 夜渚凪


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ターゲット1 山口咲良

僕はどこにでもいる会社員……というのは建前で、本当の姿は殺し屋だ。

現代の裏社会において、殺し屋のジャンルも多様化している。その中で僕は、世に蔓延る「悪」を裁くダークヒーローとしての役目を担っていた。レイプ魔や汚職政治家……挙げればキリがないが、法で裁けない胸糞悪い連中を消すのが僕の仕事だ。

以前は超がつくほどのブラック企業に勤めていた。残業は当たり前、労基なんて形骸化している地獄のような職場だった。そこでの経験があったからこそ、人の命を奪うという異常な仕事にも、大した抵抗なく、すんなり適応できてしまった。

母親は僕が14の頃に他界し、父親とは成人を機に音信不通になった。自立すると告げて連絡先を消し、家電だけを置いて家を出た。便りがないのは無事な証拠。

お互い干渉しないのが僕たちの正解なのだ。

さて、ここからが本題だ。

世間では「殺し屋は顔を見られてはいけない」と言われるが、正直、殺してしまえば死人に口なしである。顔を覚えられたところで痛くも痒くもない。僕が最も重要視しているのは、顔を隠すことではなく「空気」になることだ。少なからず僕はそう思っている。

気配を消して「無害な存在」だと相手に錯覚させる。あるいは、そもそも、そこに人間が存在していないと認識させる。それが僕の暗殺術だ。

裏社会の連中は、僕のその性質を指して、風の止んだ静寂の夜――『夜凪よなぎ』と呼んだ。

そして…今回の任務だ。

標的は一見、どこにでもいる23歳の若い女性だった。パッと見は殺しの依頼がかかるようには思えないが、指令が下ったということは、それ相応の「化け物」なのだろう。ポストに届いた報告書には、こう書き連ねられていた。

【ターゲット詳細】

• 名前: 山口やまぐち 咲良さくら

• 年齢: 23歳

• 経歴: 実の親を殺害し、隠蔽後、40〜50代の男性と次々に交際。関係が破綻するたびに相手を殺害し、金を毟り取っては生活の足しにしていた。

現在は美容系のコンサルタントを名乗り、一般社会に潜伏している。

……想像以上のヤバい奴だった。まさかこれほどの外道だとは………

僕の中で「即刻、排除すべし」との判断が下る。頭のスイッチが、一瞬で仕事モードに切り替わっていく。

決行は7月25日、午前25時。

侵入経路は窓を予定しているが、状況次第でどうとでも変える。殺害方法は……自由だという。

さて…どう仕留めてやろうか。




7月25日、午前25時。

昼間の喧騒が嘘のように静まり返った、高級マンションの最上階にて

僕は屋上からロープを伝い、標的である

山口咲良の部屋のベランダへと静かに降り立った。

侵入経路は窓ーーーを予定していたが、

僕はサッシに手をかける前に動きを止めた。

カーテンの隙間から、かすかに明かりが漏れている。この時間なら寝静まっているはずだが、リビングのソファに人影が見えた。20代前半の、線の細い女性。間違いない、あれが山口咲良だろう。

彼女はスマホを眺めながら、けだるそうに赤ワインのグラスを傾けている。

手元をよく見ると、スマホの画面には40代後半とおぼしき冴えない男の顔写真と、その男の『資産状況』が映し出されていた。すでに次の獲物を品定めしているらしい。

「予定変更だな」

僕は心の中で呟く。

起きている相手の部屋に正面の窓から入るのは、いくら僕が「空気」になれるとはいえ、リスクが高い。僕はあくまでも透明人間ではなく普通の人間だ。死にもする。

足元に転がっている高級ブランドのヒールや空き瓶にでも躓けば、その瞬間に僕の気配は『ただの背景』から『侵入者』へと変貌してしまう。

僕はロープを少しだけ手繰り寄せ、ベランダの死角に身を潜めた。

そして、ポケットから愛用しているスマホを取り出す。ここからは、ブラック企業時代に嫌というほど叩き込まれた「臨機応変なマニュアル」の時間だ。

僕は、こういうことがある可能性を考え、事前にハッキングしておいたこのマンションの管理システムにアクセスした。

狙うは、彼女の部屋のインターホン。

深夜1時過ぎ。突如として、静まり返った室内に「ピンポーン」と腑抜けたチャイムの音が鳴り響いた。

「……え?」

咲良が怪訝そうに顔を上げ、グラスをテーブルに置く。

彼女は怪訝とした様子でソファから立ち上がり、玄関のモニターへと歩いていく。深夜の突然の訪問者。普通の人間なら怯えるところだが、彼女は実の親すら手にかけてきた「化け物」だ。怯えよりも、「誰が私の邪魔をしているんだ」という苛立ちの方が勝っているのが、その後ろ姿から伝わってくる。

彼女がリビングを出て、玄関ホールへと向かう。

――今だ。

彼女の意識が完全に「玄関」へと向いた瞬間、僕はリビングの窓のロックを外から静かに解除し、音もなくするりと室内に滑り込んだ。

僕の暗殺術において、最も重要なのは「無害な空気」になること。

玄関のインターホンという『最大のノイズ』に彼女の注意を引いている間、僕はただの『部屋を通り抜ける夜風』でしかない。

咲良が「誰もいないじゃない……」と毒づきながら、怪訝な顔でリビングに戻ってくる。

その時、彼女はまだ気づいていない。

自分が今さっきまで座っていたソファの真後ろに、一人の男が、まるで最初からそこに置いてあった家具の一部であるかのように佇んでいることに…

僕は懐から、細く、鈍く光るワイヤーを取り出した。

皮膚を切り裂かず、血を流させない特殊ナイロン製だ。血痕の後始末は他に任せたい。できることなら…

彼女がソファに手をかけ、再び座ろうとしたその瞬間。

「……宴の時間だ、お嬢さん」

僕はただの「空気」から、一瞬にして「致命的な針」へと姿を変え、彼女の細い首筋へと肉薄した。


僕が放ったその言葉が、彼女の鼓膜に届くのと、ナイロンワイヤーがその細い首筋に触れるのはほぼ同時だった。

――勝負あり。完璧に気配を断った僕の感覚が、標の『終わり』を告げる。

はずだった。

ワイヤーを引き絞る寸前、凄まじい衝撃が僕の鳩尾みぞおちを襲った。

咲良が、座りかける体勢のまま一切の躊躇なく、後ろ蹴りを僕の腹部へ叩き込んできたのだ。23歳の華奢な女のどこにそんな筋力があるのか、骨がきしむような鈍い痛みが走る。

僕はたまらず一歩後退し、手の中でワイヤーが空を鳴いた。

「あはっ! やっぱりね」

ローテーブルを飛び越え、リビングの中央で身を翻した山口咲良が、狂気に満ちた笑みを浮かべて僕を睨みつける。その手には、いつの間にかソファのクッションの裏から引き抜かれたであろう、鈍く光る小型のサバイバルナイフが握られていた。

首筋からは、僕のワイヤーがかすめた細い血の線が、赤いワインのように滴っている。

「誰もいないインターホンなんて、古典的なのよ。……おじさんたちをハメる時、私もよく使うから」

彼女の瞳は、昼間のコンサルタントのそれではない。実の親を殺し、男たちの命を吸って生きてきた、本物の『化け物』の目だった。完全にこちらの裏をかいていたのだ。

僕は表情一つ変えずに構え直す。普通の暗殺者なら、ここで不意を突かれて動揺するか、あるいは力任せに飛びかかるだろう。だが、僕は想定外のトラブルなど何度も潜り抜けてきた。焦りは死に直結する。やるべきことは、常に冷静な現状の処理だ。

一度剥がれた「空気」の偽装は、もう戻らない。

なら、やるべきことは一つ。ただの風景から、彼女の認知を狂わせる『ノイズ』へと切り替える。

「死んじゃえ!」

咲良が床を蹴る。その踏み込みは驚くほど鋭く、ナイフの刃先が僕の頸動脈を目がけて直線的に突き出された。

キィン、と硬質な金属音が室内に響く。

僕はピンと張ったワイヤーを、彼女のナイフの刀身に絡めるようにして受け止め、その軌道をミリ単位で逸らした。刃先が僕の頬の皮膚を浅く切り裂き、熱い血が伝う。

顔を見られるのも、傷がつくのも、僕にとっては些細な問題だ。死人は警察にタレコミをしない。痛みを処理する脳のスイッチは、とっくに切ってある。

「なっ……硬い!?」

「ナイロン製だが、特殊な芯を入れてある。君の泥臭いコンサルティングよりは、実用的だよ」

動揺した彼女の懐へ、僕は吸い込まれるように一歩踏み込んだ。

逸らしたナイフの腕をすり抜け、彼女の背後へ滑り込む。今度こそ、その細い首筋にナイロンワイヤーを確実に巻き付け、全身の体重をかけて一気に引き絞った。

「が、あ……ッ!?」

咲良の喉から、潰れたような悲鳴が漏れる。

彼女は必死に暴れ、僕の腕に爪を立て、狂ったようにナイフを後ろへ振り回した。だが、二度目の過ちは犯さない。ナイフを持つ彼女の手首を僕の空いた方の腕でがっちりと固定し、可動域を完全に潰す。

どれだけ暴れようが、一度捕らえた獲物は絶対に離さない。これが僕の流儀だ。窒息までのカウントダウンを頭の中で冷徹に刻みながら、さらにワイヤーの強度を増していく。

10秒、20秒、30秒。

やがて、彼女の手からナイフが落ち、高級なフローリングの床にカランと寂しい音を立てた。

四肢から完全に力が抜け、だらりと垂れ下がる。呼吸が止まり、心臓の鼓動が完全に途絶えるまで、僕はその手を緩めなかった。

静寂が、再び部屋を満たす。

床に転がった、今度は本当にただの肉塊となった彼女を見下ろし、僕は深く息を吐き出した。

激しい攻防の割には、血はほとんど流れていない。これなら組織の回収班も文句は言わないだろう。後始末は彼らに丸投げして、僕は現場を去るだけだ。

「ふぅ……。お開きだな」

切り裂かれたブルゾンの襟を軽く整え、僕は再びただの「空気」のようないつもの佇まいに戻ると、侵入した時と同じように、静かに夜の窓から姿を消した。

漆黒の闇に紛れ、次の悪を間引くその瞬間まで。

僕はまた、どこにでもいる普通の会社員のような顔をして、静かに息を潜めるのだ。

後処理は裏社会の奴らがやってくれるだろう。

今付き合ってるおじさんたちには悪いがこれも世のため人のためだ。 

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