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「わあっ」
……女の子の声がする。深夜アニメを見て寝落ちでもしてしまったか?
「なんてことなの!」
それにしては臨場感があるような……
「起きてくださいっ!」
誰……?
「おわっ!」
ぴょこんっ!と可愛い効果音でも着きそうな力加減でほっぺたをさわられた。まるでスクイーズのような…!何だこの感覚…!!!?
「起きました?」
「え、誰、何!?????」
目の前にいたのは…………顔がカエルで、体がカラーボールを積み上げたような……イモムシだった。
「なんだお前!???????」
「わー、それはこっちのセリフとでも言いますか……純種の、しかも人間なんて初めて見ましたよー!」
流暢に……喋ってる………ああ、これは夢か!夢だからこんなメルヘンな世界にいるのか!まるで教会のような……焦げ茶色を基調としたアンティークな建築様式が目に入る。これ施行何年だろう……
「混乱してるようです」
「いやしない方がおかしいだろ!」
「ですよねー」
思わず突っ込んでしまったが、どうやらコミュニケーションが取れる存在のようだ……?
「まずは状況を説明しましょう」
「お、おう、そうしてくれると……?」
「えーと、この場合の人間が最もわかりやすい状況説明は……」
そして目の前のカエルイモムシ(そう言うしかない)はニコニコとした表情のまま、こう言い放ったのだ。
「おめでとうございます。異世界転移しましたよ!」
……………………
「えええええええええええええええ!」
「わかりました?」
「えええええええええええええええ?」
「わ、か、り、ま、し、た?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!!」
「はい」
「転移……?」
「異世界転生ではなく、あなたは着の身着のままって感じですので転移で合ってます。ほら、今も作業着を着ていらっしゃる」
「あ、たしかに……?」
どうりでどこか窮屈な、それでいて馴染みのある感覚ってわけだ。ホントにリアルな感覚だな。わ、軍手までしてる……そこまでするか?
「じゃなくて!」
「はい、なんなりとどうぞ」
「……俺、別の世界に来る夢見てるって訳?」
「夢ではありませんよ」
「あー、夢の中では夢って言えないよな、うんうん」
「うーん、どうしたら理解してくれますかねえ。もう戻れないんですけれど」
「…………え?」
「もう戻れません。元の世界に」
「………………またまた」
「戻れません」
「………………」
もしも、もしもこいつの言っていることが本当だと仮定しよう。前の世界の未練は……正直幾つかはある。
最大のコンプレックスである高卒になれないままなのもそうだ。働きながら高卒になる方法も考えていた。とにかくなんでもいいから自力で高卒という肩書きが欲しかった。ただ、仕事が忙しすぎて毎日疲弊していたのでそれも無理そうなまま死ぬだろうなと思っている。俺はよく言えば華奢というか、まあ貧相な運動音痴だ。かなり体力的に無理をして建設現場での仕事をしているから、もうしばらく経ったら限界がくるとなんとなく思っていた。最近はなぜか日中の眠気が酷く、建設現場の足場から落下して事故死のリスクもあるかもなと思いながら働いていた。この未練は一生付きまとうことを覚悟しており、その未練の中にはもしかしたら今は無理でもいつかは得られるかもという希望もあったが、もしこれが本当なのであれば手折られたことになる。嫌だなあ……
他にも未練を挙げるとするのなら、………………冷蔵庫の中のプリンくらいだろうか。やばい、それくらいしか思いつかない。寂しい人生すぎるだろ!いや、俺にとっては重要な事柄なんだって。ただのプリンじゃなくて、生クリームがトッピングされているやつ。スーパーで販売されているプリンの中でも「いいやつ」の部類に入るプリンだ。安月給の中でのたまの贅沢として購入しているそれがもう食べられないとなると、非常に今後のモチベーションに関わるというか……酒を飲めない十九歳である俺は、プリンを心の拠り所にしていたことを今になって実感する。よし、目が覚めたら早速食べることにしよう。
「あのー百面相されてるところ申し訳ないんですが」
「この夢っていつ醒めるんだろう」
「醒めないですってば。ここが現実なのである意味醒めてるんです」
「………」
「今度こそわかりました?」
「…………まあ、わかったってことでいいよ」
とりあえずはこいつの話に合わせよう。無駄な諍いは避けたい質なのでね……と俺がうんうん、と頷いていると目の前のカエルイモムシがため息をついた。
「絶対わかってないでしょうけれど、まあいいでしょう。……そのうち嫌でもわかるでしょうから」
なんだか後半不穏なことを言っていた気がするが、ボソボソと喋るものだから聞こえなかった。なんなんだ……
気を取り直して、俺は先程から持っていた疑問をカエルイモムシに聞いてみることにした。
「ここが異世界、だとしてさ、なんで俺がここに来たんだ?」
「あなたたちの世界の、中卒と呼ばれている人達の中から抽選で選ばれました」
「へ、へえ……」
だから、「おめでとうございます」なんて言っていたのか。
「あなたたちの世界には色んな生物がいるようですが、純種がいるんですね」
「……その、ジュンシュ?ってなんだ」
「えーと、例えば私だとご覧の通りカエルとイモムシの混血種で……ああ、申し遅れました。私の名前はイモルと申します。以後お見知り置きを!それで、純種というのは混血種ではなくカエルならカエルにより近いのが純血種ということになり、純種はその略称です。ここまで理解できましたか?」
「……まあ、なんとなく?つまり、人間と獣のハーフの獣人みたいな存在でない俺は純種ってことか?」
「とりあえずの理解はそれで構いません。私も初めて見ました。なにか別の動物の要素がない単一の存在なんて、参考文献でしか見たことがありません!」
「お前……えと、イモルは、見た目はカエルとイモムシだけど……人間みたいな知性があるように見えるが、人の要素は入っているのか?」
「まあ、人間みたいな知性ですって!?人の要素はありませんよ!あなたの世界では人間以外には知性はないのですか?!」
「え?ああ、概ねはそうだと思うけど……あ、なんか気分を害したのなら謝るよ。ごめん……」
「……いえ、怒ってる訳では無いんですよ。この世界では人間は本当に過去の文献上の存在しかいなくて……非常に知性が高いと知ってはいるものですから、我々の知性レベルがどのくらいなのかって思って」
「いやふつうにこっちの成人くらいはこうして話しててあると思うぞ……?」
「そうなんですか?!それは……この世界に生きるものとしては、嬉しいですね!」
デフォルトがニコニコとしていたイモルだが、さらにニコニコ!!としながらぴょんぴょん跳ねて喜びを表している。最初見た時はでかいカエル!?カラフルな虫!?と仰天したが、見慣れるとファンシーキャラクターのようで案外可愛いかもしれない。カラーボールのような青と緑とピンクの体色がきになってしかたないけれど。
それにしても、ここは動物に人みたいな知性があるのが標準装備みたいだ。夢にしては随分作りこんだ設定だな、俺の脳。
「とりあえず、中卒を抽選して召喚したら純種の人間である俺が出たってこと?」
「はい。それで抽選であなたが選ばれました。よかったですね!」
「…………いや、なにが、よかったの?」
「ああ、これは失礼。大事なことを説明し忘れておりました……」
そういうと、コホン、とわざとらしく咳払いをしたイモルの右手に、紙束がポン、と現れた。あれは……パンフレット?
「こちらをご覧ください」
差し出されたそれには、『異世界高校入学案内』と記載されている。思わず受け取ると、イモルはにこり、と目尻をさらに下げた。
「異世界高校……?」
「はい。あなたにはここに通ってもらいます。だから中卒の方を抽選したのですよ。在学中でないから問題がないでしょう?」
「ちょ、ちょっと待って!俺、高校に通うの!?」
「そうです」
いくら夢だからってこんな都合のいいことがあるだろうか?
「…………え!でも学費とか!俺、お金ない!」
「ああ、純種と『その家族』は無料なのでそこの心配はしなくていいですよ?」
「そうなの!?」
「あなたに選択肢はありません。あなたは私の家族になってもらえれば生活の心配もないですよ!」
「え?」
「それに純種は………………とてもモテてしまうので」
「ええっ!??」
「私と家族になってください!」
「えええええっ!!?????」
――俺の返事を待たずして、イモルはなにか魔法陣のようなものを出したかと思えば、強い光が俺を襲った。それは、とてもとても強すぎる光で…………俺を作り替えるには十分すぎるようなもの。
「………………え?」
次に目を開いた時には、俺はカエルイモムシになってしまったのだった。




