第5話 踏み込んでもいいものか(エリカ)
口を出して、いいんだろうか。いや、正確には。
(口出したら、即クビ案件では??)
私は今、公爵家のメイドとして、背筋を伸ばして立っている。
見た目は完璧。黒と白の「THE メイド」な服。
表情は落ち着き、動作も丁寧。
――中身は、日本の元OL社会人4年目だけど。
そんな私が、公爵夫人とその夫――アルベルト様の関係に、どこまで踏み込んでいいのか。
「……エリカ。少し、時間はある?」
リリアーナ様にそう声をかけられた瞬間、脳内で警報が鳴り響いた。
(やばい!私が書いた物語にはメイドとの会話なんて書いてたっけ!?)
「は、はい!」
返事が若干裏返った気がするけど、気のせいということにする。
案内されたのは、執務室の隣の応接スペース。仕事の話を、わざわざここに呼んでするものではない気がする。
(ここ、絶対に重要イベント用の部屋じゃん……)
紅茶を淹れながら、私は必死に平常心を装う。
(落ち着けエリカ。ここは異世界。まだ物語は終わらないから焦らない焦らない。)
「……最近」
リリアーナ様は、カップを見つめたまま言った。
「夫と、うまく話せていない気がするの」
(いきなり来たーーー!!)
内心で全力ツッコミを入れつつ、表情は無表情を死守する。
(知ってます。それ、私が書きましたので。)
中学生の頃、ノートに書いた黒歴史。すれ違う高貴な夫婦。大人っぽくて切ない話を書いた気になってた、あの頃の私。
(当時の私、ちょっと表出ろ)
今、その設定が、目の前で現実として存在している。
(罪悪感しかない)
「……奥様は」
声が震えないように、慎重に言葉を選ぶ。
「どうなさりたい、のでしょうか」
我ながら、逃げの質問だと思う。本当は言える。この先どうなるか。どこで間違えるか。
でも、それを言ったら誰も幸せになれない。私が書いた物語ではあるけれど、今目の前にいる人を悲しませるのは心が痛むどころの話ではない。
「……分からないわ」
その一言で、胸がきゅっと締め付けられた。
「妻として正しくありたい。公爵夫人として、彼を支えたい」
リリアーナ様は、静かに続ける。
「……それなのに、足りない気がするの」
(分かる……)
社会人4年目、仕事はちゃんとしてるのに
「これでいいの?」って夜中に天井見つめる自分が重なった。
(異世界でもあるんだ、それ)
私は、紅茶のカップを置き、覚悟を決める。
(ここで黙ったら)
物語は、あのエンディングに直行だ。
(バッドエンド回避、今しかない。物語を変えられるだろうか)
「……奥様」
心臓がうるさい。どんな展開になるのかという怖さも、一応メイドの立場で公爵夫人に対して意見を言う恐れ多さも。
「もし、よろしければ……ですが」
リリアーナ様がこちらを見る。その視線が、想像以上に真剣だ。透き通った紫の瞳が、私の視線を逸らすことを許してくれない。
(やばい、逃げられない)
「正しい妻じゃなくて……話したい妻になってみる、というのはどうでしょうか」
――言っちゃった。
(言ったーーー!!!)
脳内で土下座する私。
(異世界で恋愛カウンセラーする予定、なかったんですけど!?)
沈黙が落ちる。長い。めちゃくちゃ長い。
(あ、これ怒らせたかな)
「……話したい、妻」
リリアーナ様は、その言葉を繰り返した。
「私はいつも、役に立つかばかり考えていたわ」
(あ、怒ってない)
むしろ、少し表情が柔らかい。
「それは、とても立派だと思います!」
私は慌てて続ける。
「でも……疲れている時まで、完璧じゃなくていいというか……えっと、その……」
(言語化能力、異世界で低下してる)
「人間なので!」
勢いで言い切った。
リリアーナ様が、ぱちりと目を瞬かせる。
「……エリカ」
「は、はい!」
「あなた、変ね」
(知ってます!!)
「メイドなのに、距離が近いわ」
「す、すみません!!」
反射的に頭を下げる。終わった。さすがに無礼だったか。
……と思ったのに。続く声は、柔らかかった。
「でも、誰にも言えなかったことを話している気がする」
胸の奥が、じんと熱くなる。
(……信頼)
はっきり言葉にはならないけど、それが、そこにある気がした。
もしかして、この人とちゃんと向き合えたら。この物語を変えられたら。
元の世界に、戻れるんじゃないか。
そんな、都合のいい希望が浮かぶ。でも、今はそれしかない。
(いつか協力してくれるかもしれない)
それに。この人の未来を、できるなら私の黒歴史のままで終わらせたくない。
「……ありがとうございます、エリカ。あなたのおかげで少し楽になった気がするわ。」
リリアーナ様は、そう言った。
(やばい)
胸がいっぱいになる。
(この公爵夫人、守りたい)
私は、静かに決意する。
この物語を、すれ違いエンドのままにはしない。
たとえそれが、私が昔、適当に書いた物語の「台本」だったとしても。
現実は、もう動き始めている。




