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現実は、台本通りになんてならない〜中学時代に書いた黒歴史物語の世界に来てしまった話〜  作者: 瑠美


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第4話 このメイド、少し変な気がします(リリアーナ)

新しく私の専属となったメイド、エリカ。


 率直に言えば、仕事ができる。動きに無駄がなく、指示を理解するのも早い。

 報告は簡潔で、声の大きさも程よく、距離感も失礼ではない。

 それだけではなかった。


「奥様、次のご予定まで十五分ほど余裕があります」

「そう。では、その間に書類を――」

「いえ、少しお茶にしませんか?」


 エリカは、私の言葉を途中で止めた。


「……お茶?」

「はい。集中が続くと、かえって効率が落ちますから」


 にこりと笑ってそう言われ、思考が一拍遅れる。


 効率。その言葉を使うこと自体は、何もおかしくない。

 けれど、休憩を勧めるという発想が、私の周囲ではあまりにも珍しく、はじめて言われたことだった。


(……止めるべきかしら)


 そう思ったはずなのに、気づけばエリカはもう準備を始めていた。動きは手慣れていて、迷いがない。

 運ばれてきた紅茶は、香りも温度も申し分なかった。


「……美味しい」

「よかったです。少しだけ蒸らし時間、長めにしてみました」


 その一言に、胸の奥で小さな引っかかりが生まれる。

(私の好みを、もう把握している……?)

 引き継ぎの際に伝えた覚えはない。勘が冴えすぎているのか。把握できる要素はなかったはずだ。


 それだけではない。


 執務の合間、私が無意識に息を吐いたとき。エリカは何も言わず、そっと机の上の書類を整えた。

 指示したわけでも、困っていると口にしたわけでもない。なのに、まるで考えを読まれたような対応。


(……気のせい、よね)


 そう結論づけようとしても、違和感は少しずつ積み重なっていった。

 夕方、来客対応の話題の中で、夫――アルベルトの名が出たとき。

 エリカは、ほんの一瞬だけ視線を泳がせた。

 あまりにも短い反応。

 見逃しても不思議ではないほどのもの。


 けれど、なぜか目に留まった。


(今のは……何?)


 驚いたようにも、困ったようにも見えた。

 まるで、アルベルトを知っているかのような。


 私は、無意識のうちに彼女を観察するようになっていた。


 無礼にならないように。

 気づかれないように。


(このメイド……少し変な気がする)


 仕事ぶりは申し分ない。礼儀もある。

 それなのに、距離の取り方がどこか違う。


 私を「公爵夫人」として扱っているはずなのに、

 時折、役職のない私を見るような視線を感じる。


 不快ではない。むしろ、落ち着く。それが、少し怖かった。

 休憩の合間、ふと口をついて出た。


「エリカ」

「はい」

「……あなた、以前はどこで働いていたの?」


 一瞬だけ、間があった。本当に、ほんのわずかな沈黙。


「……いろいろ、です」


 曖昧な答え。けれど、目は逸らされなかった。

 嘘をついているというより、言えない何かを抱えているように見えた。


(やはり、普通のメイドではないわね)


 そう思うのに、追及する気にはなれなかった。

 それどころか。


(……この子がいると、少しだけ楽になる)


 そんな考えが浮かび、私は内心で驚く。

 私はずっと、公爵夫人として正しくあることを求められてきた。

 迷わず、弱音を吐かず、完璧であること。

 それが当然だったのに。


 エリカの前では、ほんの少しだけ、力を抜いてもいい気がする。

 扉の向こうに、夫の気配を感じた。

 声をかけるべきか。それとも、今日もこのままにするべきか。

 迷いが生じる。


 そのとき、エリカが静かに言った。


「……奥様」

「なに?」

「今じゃなくても、いいと思います」


 なぜ、そう言われたのか分からない。けれど、胸の奥が微かに揺れた。


「……そうね」


 私はそう答え、紅茶のカップに手を伸ばす。 今は、それでいい。

 エリカというメイドが、この先、私の日常に何をもたらすのか。まだ、考えるには早すぎる。


 ただ。今日一日を終えた今も、彼女の存在が、妙に記憶に残っている。

 それだけは、確かだった。

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