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現実は、台本通りになんてならない〜中学時代に書いた黒歴史物語の世界に来てしまった話〜  作者: 瑠美


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第36話 再び剣を取る

 翌朝、屋敷の食堂にはいつも通りの穏やかな朝の光が差し込んでいた。

そして、いつもと変わらぬ朝の光景のはずだったが、席に着いたアルベルトの表情にはどこか決意のようなものが浮かんでおり、その様子にリリアーナもエリカも自然と視線を向けることになる。

やがて朝食が運ばれてくると、アルベルトはフォークを手に取る前に静かに口を開いた。

「俺は、もっと強くならないといけない。」

突然の言葉に、リリアーナが顔を上げる。

「強く、ですか?」

「ああ。」

アルベルトは短く頷いたあと、少し言葉を選ぶように間を置いた。

「これまで俺は、知識や経験を積むことばかりを優先してきた。公爵家を背負う以上、政治や外交の知識を身につけることが最優先だと思っていたからな。」

それは事実だった。

学生時代には剣の稽古にも励んでいたが、領地を継いでからはほとんど時間を割かなくなり、日々の多くを書物と仕事に費やしてきた。

だが、とアルベルトは続ける。

「昨日の件で分かった。」

フォークを置き、まっすぐ前を見る。

「それだけでは守れない場面もある。不十分だ。」

その言葉に、食堂の空気がわずかに静まる。

リリアーナは何も言わずにその話を聞いていたが、エリカはほんの一瞬だけアルベルトの表情を観察した。

心の中で小さく呟く。

(昨日のことだな。)

お茶会での出来事。黒い影。そして、剣を抜いて戦ったレオン。

そこまで考えたところで、エリカはほぼ状況を理解してしまう。


アルベルトは続けた。


「だから、剣の稽古を再開する。」


少し間をおいて

「そうですか。学生時代ぶりになりますね。」

リリアーナが静かに言う。

「ああ。しばらくは朝の時間を稽古に使うつもりだ。」

アルベルトはそこで一度リリアーナを見る。

「そのため、朝食は簡単に済ませることになる。」

そして、もう決めたことだからと言わんばかりに続ける。

「君はゆっくり食べて構わない。これからは、一緒に朝食を取れない日も増えると思う。」

その言葉を聞いても、リリアーナの表情は変わらなかった。

「分かりました。」

穏やかな声だった。

「アルベルト様がそう決められたのであれば、私は何も言いません。」

そう言って、いつものように微笑む。


その笑顔を見ながら、エリカは内心でため息をついた。

(あー……)

(リリアーナ様、絶対我慢してる)

メイドになってリリアーナに仕えてから、だいぶ長くなってきたからこそ分かる。今の彼女は決して不満を口にすることはないだろう。

だが、それは本当に何も思っていないからではなく、ただ相手を困らせたくないだけなのだ。


エリカは静かに状況を見守ることにした。

その日の朝食は、最近の中では一番静かだった。せっかく二人が会話をする時間がふえてきたのに、また振り出しに戻ってしまったような雰囲気だった。


そんなことは全く考えていない様子で、やがて食事を早めに終えたアルベルトは席を立つ。

「では、行ってくる。」

短くそう言うと、すぐに屋敷の訓練場へと向かっていった。

その背中を見送るリリアーナは、いつもと変わらない穏やかな表情を浮かべていたが、エリカにはそれがどこか無理をしているようにも見えた。



屋敷の裏にある訓練場では、すでにアルベルトが剣を手にしていた。

久しぶりに握る剣は、思っていたよりも重く感じる。


剣を振る。空気を切る音が響く。もう一度振る。

そして、また振る。

最初はゆっくりと動きを確かめるように振っていたはずの剣は、いつの間にか力強く振り下ろされるようになっていた。

「強くならないと」と心の中で繰り返す。

昨日の光景が頭に浮かぶ。

レオンの剣。リリアーナの姿。そして、何もできなかった自分。

アルベルトは何度も剣を振り続けた。


その様子を、遠くから見ていた人物がいた。

「ずいぶん頑張っているな、アル。」

背後から声がかかる。アルベルトは振り返った。

そこに立っていたのは、見慣れた顔だった。

「セドリック!」

思わず声が上がる。

長い金色の髪を後ろで束ねた青年が、楽しそうに笑っていた。

「おお、久しぶりだな。」

セドリックは気軽な調子で手を上げる。

「どうしたんだ、こんなところで。」

アルベルトが剣を下ろしながら尋ねると、セドリックは肩をすくめた。

「ちょっと近くを通ったからな。せっかくだし親友に顔を出そうと思って寄っただけだ。」

「そうか。」

アルベルトは笑う。

「それにしても、珍しいな。お前がこんな朝早くに来るとは。」

「ひどい言い方だな。」

セドリックは苦笑した。

「俺だってたまには早起きくらいする。」

そう言いながら、アルベルトの手にある剣を見る。

「それより、お前こそどうしたんだ。」

「学生時代以来じゃないか、そんなに本気で剣を振っているのは。」

アルベルトは少しだけ考えてから答えた。

「……昨日、少しな。」

お茶会での出来事を簡単に説明する。黒い影や貴族たちの混乱のこと。そして、自分がほとんど何もできなかったこと。

セドリックは腕を組みながら、静かに聞いていた。

話を聞き終えると、ふっと笑う。

「なるほどな。相変わらず真面目だな、アルは。」

「そうか?」

「そうだろ。」

セドリックは軽く肩をすくめた。

「普通の貴族なら『運が悪かった』で終わる話だ。」

「だが、お前は『自分が強くなれば守れたかもしれない』と考える。」

そう言って、少し楽しそうに笑う。

「実にアルベルトらしい。」

アルベルトもつられて笑った。

「そう言われると、否定できないな。」

しばらく、学生時代と変わらない空気のまま他愛もない話をする。

昔の友人のこと。最近の領地のこと。そんな何気ない会話をしていると、自然と肩の力が抜けていく。


やがてセドリックは空を見上げた。

「さて、そろそろ行くか。」

「もう行くのか?」

「ああ。今日は他にも用事がある。」

そう言いながら、軽く手を振る。

「また遊びに来るよ。今度はゆっくり酒でも飲もう。」

アルベルトは頷いた。

「ああ、楽しみにしている。」

セドリックは笑ったまま背を向け、ゆっくりと訓練場を後にする。

その背中を見送りながら、アルベルトは再び剣を握り直した。

まだ足りない。もっと強くならなければならない。自分がみんなを守れるように。

そう思いながら、アルベルトは再び剣を振り下ろした。

その音が、朝の静かな空気の中に鋭く響いていく。

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