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現実は、台本通りになんてならない〜中学時代に書いた黒歴史物語の世界に来てしまった話〜  作者: 瑠美


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第34話 帰り道

 お茶会が終わる頃には、庭園にはすっかり落ち着いた空気が戻っていた。


つい先ほどまで悲鳴とざわめきが入り混じっていたとは思えないほど、貴族たちはそれぞれ静かに帰り支度を整えている。それでもあの黒い影のことを完全に忘れている者はいないようで、あちらこちらで小声の会話が交わされていた。


「今日は大変な一日でしたね。」

そう言いながら、リリアーナは静かに馬車へ乗り込んだ。

その後ろからアルベルトも続き、扉が閉まると同時に馬車はゆっくりと動き出す。石畳の上を進む車輪の音が、夜の静かな空気の中で規則正しく響き始めた。


向かい合って座った二人の間には、しばらく言葉がなかった。


リリアーナは窓の外へと視線を向け、流れていく夜の街の灯りをぼんやりと眺めており、アルベルトはそんな彼女の横顔を見ながら何か言葉を探していた。しかし、胸の奥に浮かんでくるのは先ほどの出来事ばかりた。結局何も口にすることができないまま沈黙だけが続いていった。


あの黒い影。


迷いなく剣を抜き、躊躇なく立ち向かったレオンの姿。

そして、混乱した貴族たちを落ち着かせながら冷静に避難誘導をしていたリリアーナの姿。

その光景を思い出すたび、胸の奥に重たいものが沈んでいく。


自分は、あの場で何をしていただろうか。


剣を抜くこともなく、指示を出すこともなく、ただ状況を見ていることしかできなかった自分の姿が、何度も頭の中で繰り返される。


そんな沈黙の中で、ふとリリアーナが口を開いた。


「レオン様、すごかったですね。」


穏やかな声だった。その言葉に、アルベルトはわずかに視線を上げる。


「剣の動きがとても綺麗でしたし、迷いもありませんでした。」


リリアーナは先ほどの光景を思い出すように言葉を続けながら、どこか感心したような表情で窓の外へ視線を向けたまま、小さく微笑んでいる。


「きっと、たくさん努力されてきたのでしょうね。」


アルベルトは短く頷いた。

「ああ。」

それだけ言うと、それ以上言葉が続かない。

車輪の音が、再び静かな間を埋めていく。

リリアーナはその沈黙に気づいたのか、少しだけ考えるように視線を落としたあと、静かに言葉を続けた。


「でもアルベルト様も、すぐに皆さんを守ろうとしていましたよね。」

その言葉を聞いた瞬間、アルベルトの肩がわずかに揺れる。しばらく黙っていたが、やがて低い声で答えた。

「……いや。守れていない。」

その言葉には、自嘲のような響きが混じっていた。

「レオンが戦い、君が人をまとめた。」

アルベルトは窓の外へ視線を向けたまま、静かに続ける。

「俺は、ただ立っていただけだ。」

馬車の中の空気が、少しだけ重くなる。リリアーナはすぐには言葉を返さず、少しだけ考え込むように視線を落としていたが、やがて穏やかな声で言った。

「そんなことはありません。」

アルベルトは答えない。その沈黙を見て、リリアーナはゆっくりと言葉を選ぶ。

「私はあのとき、アルベルト様が前に立ってくださっているのを見て、安心しました。」

「だから、私も動こうと思えたんです。」


その言葉には、作ったようなところがまったくなく、ただ素直に感じたことを伝えているだけの響きがあった。だがアルベルトは、その言葉を聞いても何も言えない。


本当は違うと分かっている。

それでも彼女がそう言ってくれていることが分かるからこそ、余計に胸の奥が苦しくなる。


再び沈黙が落ちる。馬車の揺れが、ゆっくりと体を揺らす。

しばらくしてから、リリアーナが小さく息をついた。


「それにしても。」

そう言いながら、少しだけ眉を寄せる。

「エミリア様、大丈夫だったでしょうか。」

アルベルトは顔を上げた。

「エミリア嬢が?」

「はい。」

リリアーナは心配そうに言葉を続ける。

「あのとき、とても怖がっていらっしゃいましたし、あの黒い影も、エミリア様の近くに現れましたよね。」


確かにそうだった。


あの影は、まるで最初からエミリアの背後に立っていたかのように現れた。

偶然なのか、それとも別の理由があるのか。その答えは分からない。


「また何か起こらなければいいのですが。」

リリアーナは窓の外を見つめながら、どこか不安そうに呟く。

その横顔を見て、アルベルトはふと思った。


彼女は、あんな出来事のあとでも他人の心配をしている。それなのに自分は、ずっと自分の情けなさばかり考えていた。


「……リリアーナ。」

思わず名前を呼ぶ。

リリアーナは顔を上げ、静かにこちらを見る。

「はい?」


その表情は、いつもと変わらず穏やかだった。その優しさに触れた瞬間、アルベルトの胸の奥で何かが詰まる。


言いたいことはあるはずなのに、言葉が出てこない。


結局アルベルトは視線を少しそらしながら、

「いや...なんでもない。」

とだけ答えた。


それ以上は続かなかった。


最近まで自然に続いていた会話が、今は不思議なほど遠く感じられる。

二人の間に流れる沈黙は決して険悪なものではないのに、どこかほんのわずかな距離が生まれてしまったようだった。


やがて馬車は屋敷の門をくぐり、ゆっくりと止まる。御者が扉を開ける音が外から聞こえた。

「到着いたしました。」

リリアーナは小さく頷くと先に馬車を降り、夜の静かな空気の中で一度振り返ってアルベルトを見た。


「今日は、お疲れさまでした。」

穏やかな笑顔だった。

「ゆっくり休みましょう。」

そう言って、リリアーナは屋敷の中へ歩いていく。


アルベルトはその背中をしばらく見つめたまま動かなかった。


リリアーナも、自室に向かう間ずっと、アルベルトの姿を思い浮かべていた。ほんの少し前まで、あんなにも自然に言葉を交わせていたはずなのに、今日、またどこか距離が生まれてしまったように感じる。

なにか話をしなければと、沈黙がなんだかつらくて、エミリアの話を出してしまった。でも、本当はずっと気がかりだった。


エミリアがしがみついたとき、何か思ったりしただろうか。黒い影が現れた時、近くにいたとはいえ、とっさにエミリアを守っていたことは妥当な判断だが、少しでも私の存在は気にかけてくれただろうか。あの状況でそんなわがままを思ってしまった自分が嫌になる。


一方、アルベルトは自室に戻り、窓から外を眺めていた。そして静かに拳を握る。

もっと強くならなければならない。


リリアーナや他の人も守れるように。ただ、その想いはリリアーナには届いていなかった。


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