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現実は、台本通りになんてならない〜中学時代に書いた黒歴史物語の世界に来てしまった話〜  作者: 瑠美


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第30話 それぞれの立場 1

 エミリアの屋敷で開かれるお茶会の日は、雲一つない穏やかな午後だった。

しかし、その爽やかな空とは裏腹に、リリアーナの胸の内にはここ数日ずっと晴れないものが残り続けている。結局、あの日の夕食以来、彼女はアルベルトに対して自分の本当の気持ちを伝えることができないまま、この日を迎えてしまったのだった。


屋敷で道案内をしたお礼で、ここまでするのだろうか。

アルベルト様に特別な思いを抱いているのではないか。

エミリアはお礼以外の、何か別の意図があるのではないだろうか。


 エミリアからの招待はアルベルト個人宛てのものではあったが、夫婦での出席でも構わないと聞き、リリアーナは一応同伴することにした。しかし、屋敷へ向かう馬車の中でも彼女はずっと膝の上に手を重ね、どこか俯きがちだった。

その様子に気づいたアルベルトが、ふと隣から声をかける。


「どうかしたのか?」


やわらかな声だった。

だが、突然問いかけられたリリアーナは、はっと顔を上げ、慌てて微笑みを作る。

「い、いえ。何もありませんわ。いつも通りです。」

少しだけ声が上ずっていたが、リリアーナ自身はそれを隠したつもりだった。

アルベルトは数秒ほど彼女を見つめていたが、やがて静かに頷く。

「そうか。だが、無理はするな。体調が悪いとか、何かあれば遠慮なく言ってくれ。」

その言葉は本当に優しいものだった。

だからこそ、リリアーナの胸はかえって少しだけ痛んだ。


――やっぱり、言えない。

馬車はそのまま、エミリアの屋敷の門をくぐった。


広い庭園を抜けた先に建つ屋敷は、淡いクリーム色の外壁に大きな窓が並び、いかにも華やかな社交を好む家柄らしい造りをしている。

到着すると、屋敷の前で待っていたらしいエミリアが、満面の笑みで歩み寄ってきた。

「アルベルト様!本日はお越しいただきありがとうございます。」

軽やかなドレスを翻しながら、エミリアはアルベルトの前で優雅に一礼する。

そのまま視線がリリアーナへ向いた。


「妻のリリアーナです。」

アルベルトが紹介すると、エミリアは一瞬だけ彼女を観察するように見つめた後、にこりと微笑む。

「先日はありがとうございました、リリアーナ様。」

礼儀正しい声だったが、その次の言葉にはどこか棘があった。

「前も感じたのですが、なんだか、とても自立していらっしゃる感じがしますね。アルベルト様がいなくても、十分お一人で生きていけそうですわ。」

リリアーナは一瞬だけ、ぴくりと眉を動かした。


今のは……。

ほんのりと胸に引っかかる言い方だった。

だが、ここは社交の場だ。リリアーナはすぐに柔らかい笑顔を浮かべ、軽く会釈する。

「ありがとうございます。そう見えるのなら光栄ですわ」

大人の対応だった。


エミリアは満足そうに微笑み、そのままアルベルトの腕を軽く引く。

「さあ、どうぞ。今日はぜひご紹介したい方がたくさんいらしているんです。」

その言葉通り、お茶会の会場にはすでに多くの貴族たちが集まっており、庭園に設けられたテーブルには華やかな菓子と紅茶が並んでいた。


だが、エミリアは他の客人たちを差し置いて、まるでアルベルト専属の案内役のように彼の隣にぴたりと付き添い続ける。

「こちらの方は北方の商会をまとめている方でして――」

「この方は王都の外交官で――」

紹介は次々と続き、アルベルトはその一人一人に丁寧に挨拶を返していった。

正直に言えば、彼にとってはありがたい状況でもあった。


社交の場とはいえ、ただ顔を出すだけでは意味がない。

こうして新しい人物とつながる機会を作ってくれるのは、確かに助かるのだ。


だがその間に、リリアーナは気づけば、会場の端に一人取り残されていた。


少し離れた場所からアルベルトを眺める。彼は多くの人に囲まれ、落ち着いた表情で会話を続けている。


(お仕事、ですものね)

そう思おうとする。けれど、胸の奥に小さな寂しさが広がるのを、完全に止めることはできなかった。

そんなときだった。背後から、穏やかな声が聞こえた。


「お久しぶりです、リリアーナ様。」

振り返ると、そこには見覚えのある青年が立っていた。


風になびく柔らかな濃紺の髪に、どこか涼しげな瞳。

アレクシスの従兄弟――レオンだった。


「レオン様!」

思わず表情が少し明るくなる。

「お一人ですか?」

彼は周囲を軽く見回しながら尋ねた。

「夫も一緒なのですが…エミリア様からたくさんおもてなしいただいていて。」

リリアーナが控えめに言うと、レオンは遠くのアルベルトをちらりと見てから、あっさりと言った。

「つまり、あなたは放置されてしまった?」

あまりにもストレートな言葉に、リリアーナは一瞬目を丸くする。

それから、少しだけ苦笑した。

「そう、そんなところですわ。」

「正直ですね。」

レオンは楽しそうに肩をすくめる。


「あなたはどうしてここに?」

「もちろん社交のためですよ。エミリア嬢というより、その御父上にお世話になっているので、付き合いで参加しているようなものですね。」

そして冗談めかした口調で続けた。

「社交や外交となると、我が家ではとりあえず僕が前線に出されるので。」


聞けば、学生時代のレオンは外交や剣術を特に力を入れて学んでいたらしい。次期当主に最も近い立場であることもあって、こうした場には頻繁に送り出されているらしい。


「なるほど…。」

リリアーナも自然と笑みをこぼす。そこからは、共通の知人や家系の話題で会話が弾み始めた。


「あの家は最近――」

「ええ、確か北方との取引が……」

貴族社会の事情を理解している者同士の会話は、思った以上に盛り上がっていく。


そしてその様子を遠くから見ていた人物がいた。


アルベルトだった。

彼は会話の合間にふと視線を向け、レオンと楽しそうに話しているリリアーナの姿に気づく。

一瞬、足が動きかけた。

「少し、妻のところへ......」


そう言いかけたその時。エミリアが、すっと彼の前に立つ。

「アルベルト様、まだ重要な方をご紹介できていませんわ。」

そして優雅に微笑む。

「こちらの方は、今後ぜひお話ししていただきたい方なのです。」

アルベルトは一瞬だけリリアーナの方を見た。

だが、目の前の人物は確かに無視できない相手だった。


――少しだけなら。

そう思い、彼は結局その場を離れることができなかった。


庭園の端では、リリアーナとレオンの会話が穏やかに続いていく。

二人の距離が、ほんの少しだけ近づきながら。

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