表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実は、台本通りになんてならない〜中学時代に書いた黒歴史物語の世界に来てしまった話〜  作者: 瑠美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/7

第3話 社会人4年目OL、メイドになっていた(エリカ)

 ――落ち着け。落ち着け、私。

 心の中で何度そう唱えても、現実はまったく落ち着いてくれなかった。


(何が起きたの?ここどこ?なんで私、こんな格好してるの?)


視界の端に映るのは、ふわりと広がるスカートの裾。フリル付きのエプロン。動くたびに、かすかに布が擦れる音がする。

 ……完全に、メイド服だった。

(いやいやいやいや)

本当は今すぐ頭を抱えて叫び出したかった。

しゃがみこんで、「待って待って待って!」って言いたかった。


「こちらが、奥様付きの新しいメイドです」

メイド長の凛とした声が響く。

目の前には、公爵夫人――リリアーナ。

 

触れてみたくなる艶のある長い髪、ニキビできたことないでしょと言いたくなる陶器のような肌、大きく上品な輝きを放つ目、長くて自然なカールが華やかさを高めるまつ毛、スラっとした背筋。

ノートの中で何度も描いた姿。でも、実物は想像以上に存在感があった。

 

私の背筋も自然と伸びる。

冷たいわけじゃない。むしろ柔らかな印象なのに、近づくだけで空気が引き締まる。

「エリカと申します。本日より、よろしくお願いいたします」

 気づけば私は、完璧なお辞儀をしていた。

(待って、私、なんでこんなに自然なの)

体が勝手に動いている。頭は追いついていないのに。

 リリアーナは一瞬だけ私を見つめ、それから小さくうなずいた。

「……よろしく」

それだけ。なのに、なぜか心臓が跳ねた。

(うわ、本物だ……)

 

 紹介が終わると、すぐに業務の引き継ぎが始まった。

部屋の配置。奥様の一日の流れ。服の管理方法。書類の扱い。紅茶の好み。温度。時間。

「奥様は、効率を重視されます。準備は常に先回りを」

「私室に入る際は、必ず二度ノックを」

「判断に迷った場合は、自己判断せず確認を」

情報量、多い。脳が追いつかない。

(待って待って、無理。メモ取りたい)

でも、そんな余裕はなかった。私は必死でうなずき、復唱し、覚えようとする。間違えたら終わりな気がして。


(ここ、異世界だよね?日本じゃないよね?でも、仕事は仕事だ……!)

 皮肉なことに、社会人四年目の経験がここで役に立った。

分からないときは聞く。返事ははっきり。顔には出さない。心の中で嵐が吹き荒れているなんて、誰にも気づかせない。

 そうして、ひと通りの引き継ぎが終わった頃には、足が少し震えていた。

「では、休憩に入って構いません」

その一言に、内心でガッツポーズする。

案内された小さな部屋で、扉が閉まった瞬間。

「……っはぁ……」

ようやく、息を吐けた。

(ほんとに無理だ。情報量が多すぎる。)

椅子に腰を下ろし、両手を膝の上でぎゅっと握る。

整理しよう。今起きていることを。


 私は、日本でOLをしていた。

 黒歴史ノートを見つけた。

 開いた。

 気づいたら――この世界。

(転生……だよね。たぶん)

 しかも、よりによって。

(あの物語の世界)

 リリアーナ。

 公爵。

 すれ違う夫婦。

 そして、結末は。

(……うまくいかない)

 胸の奥が、少しだけ痛んだ。

 当時は、ひねくれ中学生によるただの創作だった。

 でも今は、目の前にはその夫婦が生きている。

(しかも私、専属メイド)

笑えない。でも、落ち込んでいる暇はなかった。

(まずは、元の世界に戻る方法を探そう)

異世界転生ものの定番だ。何か条件があるかもしれない。

役目を果たせば帰れるとか、どこかに黒歴史ノートが置いてあって、それを開けば戻れるとか。

(それまでは……)

 私は、もう一度背筋を伸ばす。

(ちゃんと、メイドをやろう)

 仕事なら、なんとかなる。少なくとも、パニックのまま何もしないよりは気も紛れる。

 

それに――

(この人たちの未来、私、知ってるんだよな……)

扉の向こうにいる公爵夫人の姿を思い浮かべる。

有能で、不器用で。好きなのに、うまく伝えられない人。

「……はぁ」

休憩時間は、あっという間に終わった。立ち上がり、エプロンを整える。

(よし)

まず冷静に。今はただのメイド。


 このときの私は、まだ知らなかった。公爵夫人リリアーナが、すでに私という存在に、小さな違和感を抱き始めていたことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ