第26話 揺れる未来の色(エリカ)
祝宴の庭園は、昼のやわらかな陽光を受けてきらめいていた。
白い石畳の通路の両脇には色とりどりの花が咲き誇り、薄絹の装飾が風に揺れるたび、どこか夢の中にいるような錯覚を覚える。楽団の奏でる穏やかな旋律と、貴族たちの華やかな笑い声が重なり合い、場は祝福の空気に満ちていた。
サラと新郎のアレクシスは、招待客へあいさつ回りをしていた。もちろん、アルベルトとリリアーナのもとへもやってきた。
アレクシスに会うのは初めての2人。サラが通っていた大学の先輩にあたるそうで、共通の知人から知り合い、恋愛に発展したそうだ。
まあ、これもエリカが書いた物語の一部分だから知ってることだ。
4人はすぐに打ち解け、和やかに話をしていた。
しばらくすると、その中心で、サラがリリアーナの手をそっと取る。
「あなた、本当に変わったわね。」
いたずらっぽく、けれどどこか確信を含んだ声音だった。
「そうかしら?」
リリアーナは首をかしげるが、その佇まいは以前よりもずっと自然で、堂々としている。
サラは静かに微笑んだ。
「ええ。前は決められた未来の色だった。でも今は違うわ。揺れているの。あなた自身が、未来を選ぼうとしている色。」
その言葉に、アルベルトがわずかに視線を落とす。彼もまた、何かを感じ取っているようだった。隣に立つ新郎も、意味深な微笑を浮かべている。
エリカは胸の奥がざわつくのを覚えた。
(未来って……色で見えるの?)
軽い世間話のはずなのに、言葉の端々に隠された意味があるようで落ち着かない。
そのとき、新郎が場を和ませるように声を上げた。
「そうだ、紹介しよう。従兄のレオンだ。」
振り向いた瞬間、私は思わず息を止めた。
黒に近い濃紺の髪に、鋭さを含んだ整った目元。礼装を完璧に着こなすその姿には、若いながらも揺るぎない威圧感がある。先ほど回廊でぶつかった男性だと気づき、胸の奥が小さく波打った。
レオンは軽く会釈する。
「どうも。従兄弟のレオンです。」
にこやかに、堂々とした口調で話す彼に、アルベルトもリリアーナも少し緊張したようだ。
「アルベルト様のお噂はよく聞きますよ。様々な貿易交渉を進めていらっしゃるようで、ぜひ交渉の進め方などを教えていただきたい。」
コミュ力あるなあ。
話題を絶えず切り出すレオンに助けられ、4人はさらに話が弾む。ふと、レオンの視線がエリカに移った。
「先ほどはどうも。怪我はありませんでしたか。」
声音は穏やかだが、どこか探るような響きがある。
「……ええ、おかげさまで。」
エリカも礼を返すが、視線が絡んだ瞬間、逃げ場を失ったような感覚にとらわれる。
レオンが、ほんの少しだけ身を寄せた。
「あなた、誰かを追っていましたね。」
心臓が大きく跳ねる。
言葉を返せずにいると、彼はさらに続けた。
「黒髪の女性でしょう。」
空気が一瞬で冷える。あの姿を見たのは自分だけだと思っていたのに。
「あなたは、何を見たのですか?」
静かな問いかけ。しかしその瞳は、明らかにただの好奇心ではなかった。
この人は、ただの貴族ではない。直感がそう告げる。
エリカの指先がわずかに震えた。
そのとき、楽団の音がほんの一瞬だけ不自然に乱れた。
風が止まり、庭園を包んでいたざわめきがわずかに薄れる。
レオンが空を見上げ、低く呟く。
「……来ていますね。」
アルベルトの目が鋭くなる。リリアーナは気づかず、アレクシスやサラと話を続けている。周囲の貴族たちも同様、何事もないように談笑を続けている。
エリカにも見えていた。
回廊の柱の根元に落ちる影が、ゆっくりと濃くなっていくのを。まるで意思を持つかのように、揺れながら。
アレクシスとサラが一通り挨拶を終えたころ、庭園中央に人々が集まる。
ブーケトスをするらしい。
サラがブーケを手に、くるりと振り返った。
「次は誰かしら?」
明るい声に、若い令嬢たちが笑いながら前へ出る。リリアーナも半ば押されるように列に加わり、アルベルトが苦笑する。
エリカは少し離れた位置から、その様子を見守った。
サラが高く腕を振り上げる。
白い花束が、陽光の中へ放たれる。
ふわりと舞い上がる花弁。その美しい軌跡の中に――エリカは見た。
一瞬だけ、黒い影がブーケに絡みつくのを。
(だめ……)
思わず声を上げかけたが、影は次の瞬間には消えていた。
ブーケを受け止めたのは、見知らぬ可憐な女性だった。
淡いピンクのドレスに包まれた華奢な体。透き通る金の髪が光を受けて輝き、柔らかな微笑みは、誰の目にも愛らしく映る。
会場が歓声に包まれる。
新郎が朗らかに告げる。
「彼女は隣国の公爵家の令嬢、エミリア嬢です」
エミリアは頬を染め、慎ましく一礼する。その仕草は完璧で、非の打ちどころがない。
そして――ふと、アルベルトと目が合った。
ほんのわずかな時間。
だが確かに、視線は交わった。
エリカは、はっきりと気づいた。
エミリアが、ブーケを抱きしめながらリリアーナとアルベルトがいる方を見る。
微笑みは柔らかい。祝福の場にふさわしい、天使のような笑顔。
けれどその瞳の奥には、微かな決意が宿っていた。
――この人を、手に入れる。
その背後に、ほんの一瞬だけ黒い影が寄り添う。
まるで囁くように。
次の瞬間には消えていた。
胸の鼓動が早まる。
嫌な予感が広がっていく。
隣でレオンが、静かに呟いた。
「……うーん。そう来ますか。」
その声は冷静で、まるで盤上の一手を見届ける観察者のようだった。
祝福の音楽は再び高らかに響き渡る。
黒い影は、なにか意味があるのだろうか。レオンはなにか知っているのだろうか。
私がこの世界に来たことと、なにか関係あるのだろうか。魔法使いはなにか知っているのだろうか。
考えても分からない。
結婚式が終わり、自室に戻るまで胸のざわつきは止まってくれなかった。




