表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実は、台本通りになんてならない〜中学時代に書いた黒歴史物語の世界に来てしまった話〜  作者: 瑠美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/39

第22話 それは、台本にない一言

 その日は、朝から屋敷の空気が少し違っていた。


 サラの結婚式に向けて、ドレスを新調する日。

 そして何より――


(実質、初デート……!)


 私は廊下の柱の陰から、そっと様子をうかがっていた。


 部屋の中央に立つリリアーナは、鏡の前で最後の確認をしている。


 淡い黄緑のドレスに、控えめな装飾。上品で、清楚で、それでいて華やかさもある。

 普段の凛とした雰囲気とは少し違う、柔らかな印象だった。


(……気合、入ってるなあ)


 髪型も、いつもより少しだけカールを強めにして華やかに。

 メイクも、ほんのりと頬に色がのっている。


 そのとき。

「エリカ。」

「はい!」


 呼ばれて、すぐに近づく。リリアーナは少しだけ表情を曇らせていた。


「変ではないかしら。」

「とてもお似合いです。」

「そうじゃなくて。」

 小さく息を吸う。

「私、変なことをしてしまわないかしら。」

 その言葉に、胸がきゅっとなる。


「変なことをして、アルベルト様に嫌われたりしないか……少し、不安で。」


(かわいい……)

 仕事ではあんなに冷静なのに、こういうときだけ本当に等身大になる。


「大丈夫ですよ。」

 私は笑って言う。

「いつどんな時も完璧なひとなんていません。何かあっても、すぐに嫌いになることはないと思いま 

 す。」

「……そうかしら。」

「はい。そんなことを考えるよりむしろ、今日の目的は」


 少し声を落とす。

「一緒に過ごす時間を、楽しむことです。」

 リリアーナは少し考えてから、こくりと頷いた。

 そのタイミングで、執事が到着を告げる。


 いよいよ出発だ。


 玄関前には、すでに馬車が用意されていた。

 アルベルトは先に来ていて、どこか落ち着かない様子で待っている。

 姿勢はいつも通り整っているのに、視線が少しだけ泳いでいた。

(……こっちも緊張してるな)

 二人は簡単に挨拶を交わし、馬車に乗り込む。


 私は別の馬車で同行することになったが、御者台越しに中の様子はなんとなく分かる。


 しばらくして、窓越しに聞こえてきた会話。

「……今日は、良い天気ですね」

「ええ、そうですね」


 ……終了。


(会話、終わったーーー!)


 その後、しばらく静寂。でも、これは悪い沈黙ではない。

 お互い、意識しすぎているだけだ。


(初々しいなあ、もう……)


 仕立て屋に到着すると、二人は並んで中へ入った。

 店主とその妻が営むこの仕立て屋は、アルベルトの家族と長い付き合いがあるらしい。

 仕立て屋夫婦が丁寧に挨拶し、いくつかの生地やデザインが並べられる。


「お好きなものをお選びください」

 アルベルトがそう言う。

「あなたがお気に召すものなら、どれでも」


 その言葉を聞いたとき、リリアーナの表情が少しだけ曇ったのを、私は見逃さなかった。

 アルベルトは少し離れたところで店主と会話をしている。リリアーナは生地を見たり店主の妻から

 次々と候補を紹介してもらっている。

 リリアーナはそれらを手に取りながらも、どこか元気がない。


 少し離れた場所で待機していた私は、そっと近づく。

「……どうかなさいましたか」

 小声で尋ねると、リリアーナが小さく言った。


「アルベルト様が似合うものを選んでいいと言ってくださったのは嬉しいのだけれど……」


 視線がアルベルトの方へ向く。


「できれば、一緒に選んでほしかったの」


(やっぱりね)

 男側の「気を遣った結果、距離ができる」。そうやら異世界も私のいた世界も、

 共通のすれ違い事由になっているようだ。

 私は小さく頷く。


「リリアーナ様、それなら。」

「?」

「ちゃんと、そうお伝えしないと。」

「え?」

「察してもらえると思ったら、大間違いです。」


 リリアーナが、ぱちぱちと瞬きをする。

「一緒に選びたいなら、“一緒に選びたい”って声に出して、アルベルト様ご本人に言うんです。」

「……でも。」

「アルベルト様は勝手に選べとおっしゃったのでしょうか。それともリリアーナ様がお好きなものを

 自分に気を遣わず自由に選んでほしいとおっしゃったのでしょうか。」

「それは...」

「分かりませんよね、ご本人から聞いてないのですから。」

「アルベルト様も、このままリリアーナ様が落ち込んでいても、それがなぜかは分かりません。

 後になって言われても、お互い嫌な思いをするだけです。」


 少しの沈黙。

 リリアーナはドレスの裾をぎゅっと握る。そして、小さく頷いた。

「そうね。ありがとうエリカ。」

 アルベルトが店主と話しているところへ、リリアーナが歩いていく。


「アルベルト様。」

「はい。」

 彼が振り向く。


 リリアーナは一瞬だけ迷ったあと、まっすぐ言った。


「もしよろしければ、私に似合うと思われるものを、アルベルト様も見ていただけませんか。」

 静かな店内で、その言葉ははっきりと響いた。

「その...せっかく新しいドレスを買っていただけるのであれば、アルベルト様にも一緒に、

 選んでいただけたら嬉しいです。」


 一瞬、アルベルトが少し驚いたような顔をして固まる。

「え、でもリリアーナがお好きなものを、俺を気にせずご自由に選んでいただきたいと

 思っているのですが...」

「私は、アルベルト様と一緒に選びたいです。隣にいてくださいませんか。」


 アルベルトは予想外の依頼だったようで、きょとんとしていたが。

「分かりました。」

 そう答えた。そして、本当に隣に立って、生地を一緒に見始める。


(……これ)


 少し離れた場所から見ながら、私は息を止めた。

 アルベルトの表情が、さっきまでと違う。

 真剣だ。


 そして、アルベルトはどう見ても困っている。なぜなら、

(全部、似合うと思ってる顔だ)


 淡い色を見ても。濃い色を見ても。レースでも、シンプルでも。

 全部同じ表情。真剣に悩んでいる。


 その様子を見て、リリアーナが少しだけ笑った。ほんの小さな、柔らかい笑顔だった。


 その瞬間。

 胸の奥で、ぞくりとした。


(……あれ)


 私の物語の中には、なかった流れだ。


 本来なら、ここで距離は縮まらない。

 リリアーナが心の中ではアルベルトと一緒に選びたいと思いながらも、それを伝えることはなく

 形式的に選んで終わるはずだった。


 でも今は、二人が同じ方向を見ている。

 同じものを選ぼうとしている。


 リリアーナ自身は、私の物語を変えようとしたわけじゃない。

 自分が望む現実のために「一緒に選びたい」と言っただけだ。


 台本にない、一言。

 それだけで、物語の流れが、静かに、確実に、変わり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ