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現実は、台本通りになんてならない〜中学時代に書いた黒歴史物語の世界に来てしまった話〜  作者: 瑠美


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第21話 分岐する物語

 午後の光が、静かに差し込んでいた。


 高い天井まで届く本棚。壁一面を埋め尽くす古書と

 魔導書。その中央に置かれた長椅子に、彼女は

 腰かけていた。


 ページをめくる音だけが、部屋に満ちている。


 古びた装丁の本。内容は、古代魔法理論の研究記録。

 すでに何度も読み返したものだが、彼女にとって読書とは知識を得るためだけのものではない。

思考を整え、世界の流れに意識を合わせるための習慣でもあった。

 

 ページを一枚めくろうとした時、その手が止まった。

 風が吹いたわけでもない。音がしたわけでもない。

「……」

 空気の奥で、何かが揺れた。

 視線を本から離し、彼女はゆっくりと目を細める。

 この感覚は、久しぶりだ。

 魔力の乱れではない。誰かが強い魔法を使ったわけでもない。

 もっと静かで、もっと深い何か。

 それは、物語の流れが触れられたときの感覚。

 彼女は本を閉じ、膝の上に置いたまま目を閉じる。

 意識を外へ。時間の流れへ。人の選択の先へ。

 いくつもの可能性が、糸のように広がっているのが見える。


「…気づいたのね。」

 小さく呟く。

 あの子が、異邦の魂を持つ少女が、もう一つの物語の存在に触れた。

 確信を得たわけではない。完全に理解したわけでもない。

 けれど、気づき始めている。

 この世界が、ただ一つの流れではないことを。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、窓辺へ歩く。

 外には静かな庭。風に揺れる木々。その光景は穏やかで、何も変わらない世界のように見える。


 だが実際は違う。

 この世界は今、二つに分岐している。もともと存在していた流れ。

 そしてもう一つ、別の視点から書き加えられた流れ。

 エリカが持ち込んだ物語。

「本来の流れ」と「書き換えられた流れ」。

 今、その二つが重なり交錯している。

 未来の分岐は、これまでよりも複雑に絡み合い、互いに影響し合いながら揺れていた。


 サラの来訪。

 本来なら、その出来事は小さな歪みを生み、やがて大きな溝へとつながるはずだった。

 けれど起きなかった。

 代わりに生まれたのは、信頼と理解。運命の糸が、別の結び方をされた。

 あの少女の言葉と行動によって。


 彼女は窓に手を触れる。

 ガラスの向こうの世界は静かだが、未来は静かではない。

 二つの物語が、同時に存在している。

 今はまだ、どちらが主導権を握るか分からない。

 エリカがさらに前に進むのか。

 それとも、元の流れが力を取り戻すのか。

 周囲の者たちの選択。

 小さな会話。迷いと決断。その積み重ねによって、未来はどちらかへと傾く。

 

「まだ、読めないわね」

 彼女は静かに呟く。

 分岐点は見えている。

 可能性も見えている。

 けれど、決定的な選択がまだ起きていない。

 エリカ自身が、もう一歩、踏み込まなければ。

 彼女が「何を変えたいのか」を、自分で選ばなければ。

 未来は定まらない。

 それは、観測する者にも変えられない領域だった。

 魔法で未来は作れない。

 人の意思だけが、物語を決める。

 彼女は窓から離れ、ゆっくりと椅子へ戻る。

 テーブルの上には、別の本が置かれていた。

 それは魔導書ではない。

 古い日記のような、個人的な記録。

 指先で、表紙をなぞる。

「……親としては」

 その言葉は、とても小さかった。

「幸せになってほしいものね」

 誰の名も、口にはしない。

 けれどその声音には、深い想いがにじんでいた。

 どちらの流れに進むにしても。

 傷つく未来ではなく。

 孤独に閉ざされる未来ではなく。

 笑っていられる結末であってほしい。

 だが

「私には、変えられない」

 静かな断言。

 未来を観ることはできても、選ばせることはできない。

 それを選ぶのは、あの子たち自身だ。

 エリカも。

 そして――もう一人も。

 そのとき。

 彼女の指先が、わずかに止まった。

 視線が、宙へ向く。

 未来の糸の中に、別の色が混ざっている。

 先ほどまではなかったもの。暗く濁った、重い気配。

「……これは」

 目を閉じる。集中する。

 だが、それはまだ、はっきりとは見えない。

 形を持たない影未来のどこかに存在しているが、まだ現実には現れていないもの。

 ただ分かるのは――。

 それが、良いものではないということ。

 関係しているのは、物語の分岐そのもの。

 二つの流れが交錯している今だからこそ、生まれた歪み。

「まだ、確定していない……」

 小さく呟く。

 完全に読み取れるほど、近づいてはいない。

 

 けれど、もしこのまま歪みが広がれば。

 どちらの物語にも属さない何かが、現れる可能性がある。

 静かな部屋の中で、彼女はしばらく動かなかった。

 そして、ゆっくりと本を開く。

 ページをめくる音が、再び響く。

 だがその目は、文字を追いながらも、別のものを見ていた。


 分岐する未来。

 交錯する物語。

 そして、まだ形を持たない、黒い影。

「急がなくていい。」

 誰に向けた言葉でもない。

「けれど、立ち止まってはいけない。」

 物語は、進み続ける。

 選択がある限り、書き手がいる限り、きっと良い方向に変わるはずだ。

 今、この世界には二人の書き手がいる。


 二人を信じて待つことが、唯一の、そして最善の方法だった。

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