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現実は、台本通りになんてならない〜中学時代に書いた黒歴史物語の世界に来てしまった話〜  作者: 瑠美


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第20話 魔法使いの物語

 サラの結婚式が、いよいよ近づいてきた。


 その日の午後、リリアーナの執務室では、静かな時間が流れていた。

 机の上には書類の山。リリアーナは集中した表情でペンを走らせている。

 仕事にまっすぐ向かう彼女の姿はとてもかっこいい。


 私はその傍らで、棚の整理と床の掃除をしていた。


 ここ最近、リリアーナの様子は明らかに変わっている。

 仕事ぶりは相変わらず正確で速いけれど、以前よりもどこか表情が柔らかい。

 ふとしたときに小さく笑ったり、ため息の回数が減ったり。


(いい流れだな……)


 そう思ったとき、扉がノックされた。


「失礼する。」


 入ってきたのは、アルベルトだった。私はすぐに動きを止め、一歩下がる。


「何かございましたでしょうか。」


 リリアーナが椅子から立ち上がる。


「いや、少し話をしたくて。」


 アルベルトは一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。気のせいだろうか、少し耳が赤いような。


「サラの結婚式の件だが」


 リリアーナの背筋が、わずかに伸びる。


「参列の際のドレスを……新調してはどうだろう。」


 部屋の空気が、一瞬だけ止まった気がした。

 リリアーナが、ぱちりと瞬きをする。


「新調、ですか?」


「ああ。式も正式な場だし……その」


 少しだけ、言いにくそうに続ける。


「もしよければ、明日、仕立ての店に一緒に行かないか。」


 私は思わず、掃除の手を止めリリアーナの表情を伺った。


(えっ)


 リリアーナの顔に、驚きが広がる。そのあと、ゆっくりと、喜びがにじんでいく。


「……はい!」


 その返事は、はっきりとしていて、そして柔らかかった。


「ありがとうございます。ぜひ、ご一緒させてください。」


 アルベルトは小さく頷くと、どこか安心したような表情を浮かべた。


「では、明日の午後に。」


 それだけ告げて、静かに部屋を出ていく。


 扉が閉まった瞬間。リリアーナがこちらを振り向いた。


「聞いた?」


 その声が、もう、完全に嬉しさを隠せていない。私は思わず笑ってしまう。


「はい、しっかりと聞こえておりました。」


「一緒にドレスを選びに行くなんて……。嬉しいわ!」


 胸の前で手を軽く握りしめている。頬も、ほんのり赤い。


(可愛い……)


 仕事ではあんなに完璧なのに、こういうところは本当に初々しい。


「どんなものを選べばいいかしら。」


「サラの式ですし、華やかさは必要ですが、主役を引き立てる上品さも大切ですね。奥様が選ぶものが

 きっといちばん素敵ですよ」


「ええ、そうね……アルベルト様にもご意見いただきながら決めたいわ。」


 真剣に考え始めるリリアーナに、私は続ける。


「それと。きっと、アルベルト様は、リリアーナ様と一緒に選ぶ時間そのものを大切にされていると

 思います」


 リリアーナが、少しだけ目を丸くした。


「そう……かしら。」


「はい。ですので、あまり気負わず、お二人で選ぶ時間を楽しんでください。」


 少しの沈黙のあと。


「ありがとう。」


 その声は、とても優しかった。そして、少し照れたように続ける。


「あなたが来てから、本当に状況が良くなった気がするの。」


 胸が、どきっとする。


「前よりも、アルベルト様と話せるようになったし。自分の気持ちも、少しずつ言えるようになった。」


 そして、ふと遠くを見るような目になった。


「私、子どものころ、物語を書いていたの。」


 思わず、手が止まる。


「物語、ですか。」


「ええ。」


 リリアーナは懐かし気な表情で微笑む。


「お姫様が、素敵な王子様に出会うお話。」


「でも、その王子様は、あこがれの存在すぎて……お姫様は、なかなか近づけないの。

 今の私みたいにね。」


 その内容に、胸がざわつく。


「そんなときに、魔法使いが現れるの。王子様に近づけるようにアドバイスをくれたり、

 占いをしてくれたり、励ましてくれたりして。」


 静かに続く声。


「お姫様は少しずつ自分を磨いて、勇気を出して、王子様ともちゃんと向き合えるようになるのよ。」


 リリアーナは、私を見る。


「私はまだそこまで進めていないかもしれないけれど、少なくともあなたは、その魔法使い

 みたいだわ。」


 心臓が、大きく鳴った。


「……私、ですか。」


「ええ。」


 迷いのない目だった。


「的確なことを言ってくれて、私の背中を押してくれる。」


「あなたがいなかったら、きっと今も、どうしていいか分からなかったと思う。」


 胸ざわつきがとまらない。そしてどんどん強くなる。


 魔法使い。


 物語。


 そして――


(……待って)


 脳裏に浮かぶ。


 あの日、訪ねた魔法使い。彼女が言った言葉。


 ――「そして、もうひとつ。」


 ――「この世界には、あなたと同じように書く側の痕跡を持つ人間がいる」。


 背中に、冷たい一本の線のようなものが走る。


(もしかして)


(私が聞いた魔法使いの言葉って……)


(リリアーナが書いた物語のことなんじゃ……?)


 もしそうだとしたら。


 この世界は魔法使いが言っていた通り、私の物語だけじゃない。


 掃除道具を持つ手に力が入る。


 リリアーナは何も気づかないまま、嬉しそうに書類へ視線を戻していた。


 けれど私は、もう、落ち着いてはいられなかった。


 物語が変わっている理由。


 未来がずれていく理由。


 そして――


 この世界に、私が呼ばれた理由。


(リリアーナの物語と私の物語が一緒に動いている?)


 胸のざわつきは一層強まるばかりだった。

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