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現実は、台本通りになんてならない〜中学時代に書いた黒歴史物語の世界に来てしまった話〜  作者: 瑠美


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第19話 どこまで知っているのか

 アルベルトに面と向かって話をしに行くのは初めてだ。

 ルーカスから預かった手紙を渡すため、アルベルト様の執務室の前に立つと、

 私は小さく深呼吸をした。


(落ち着け、エリカ。私はただのメイド。ただの、よくいるメイド)


 そう自分に言い聞かせてから、扉をノックした。


「失礼いたします」


「入ってくれ」


 中に入ると、アルベルト様は机から顔を上げた。

 いつも通りの落ち着いた表情。

 けれど、どこか少し、言葉を選んでいるような空気がある。


 手紙を渡し説明を終えて帰ろうとすると


「少しいいか」


「は、はい!」


 勝手に身構えてしまい、声が裏返ってしまった。


「少し、聞きたいことがあって」


 なんだろう。背筋に、じわりと緊張が走る。


「最近、リリアーナの様子が変わったと思っている」


(うわ、いきなり核心から来た)


 顔に出ないように、必死で表情を整える。


「前より、よく話しかけてくれるようになった。表情も、柔らかくなった気がする」


 その声には、どこか安心したような響きがあった。


「……それは、とても良いことだと思います」


「そうだな」


 アルベルト様は少し間を置いてから、続けた。


「そして、彼女はよく君と話している」


(来た)


 私は内心で身構える。


「どうして、あんなに仲がいいんだろうと思ってな」


 問い方は穏やかだ。責めているわけでも、疑っているわけでもない。

 ただ、純粋に不思議なのだろう。


「リリアーナ様は……とてもお優しい方です」


 まずは無難に返す。


「お話しすると、きちんと向き合ってくださいますし、私のような者の話でも、真剣に聞いてくださいます」


 これは本当だ。嘘ではない。


 アルベルト様は静かに頷いた。


「……彼女らしいな」


 その横顔には、やわらかな尊敬の色があった。


 やっぱりこの人は、本当にリリアーナ様のことを大切に思っている。


「もう一つ、聞いてもいいだろうか」


「はい」


「どんな話をすれば、彼女は喜ぶ?」


 思わず、瞬きをした。予想外の質問だった。


「私はどうしても、仕事の話ばかりになってしまう」

「もう少し私からも、夫婦として……自然に話せたらと思っている」


 その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。


(この人も、ちゃんと歩み寄ろうとしてるんだ)


「特別な話題でなくても大丈夫なのではないでしょうか」


 私はゆっくり答えた。


「今日あったことや、気になったこと。小さなことでも、共有できるとリリアーナ様は嬉しいのではないでしょうか」


「小さなこと、か」


「それから」


 少しだけ、言葉を選ぶ。


「リリアーナ様は、ご自身のことより、相手のことを気にされる方です。アルベルト様のお話を聞けると、きっと喜ばれると思います。学生時代のことでも、幼少期のお話でも、今日会った出来事や友人と会った時のお話でも。なんでもいいと思いますよ」


 アルベルト様は、少し驚いたように目を瞬いた。


「私の話を?」


「はい」


 しばらく沈黙が続く。


「……そうか」


 やや驚きもあるような、でもどこか納得したような声だった。


「私は、彼女に釣り合うようにと思って、努力してきた」


 ぽつりと、続く。


「学生の頃から、彼女は高嶺の花だった。顔を合わせれば挨拶はしたが、それ以上近づけるような

 存在ではなかった」


 少しだけ、苦笑する。


「まさか、妻になるとは思っていなかった」


 その言葉を聞いた瞬間。


「お父様からお話を聞いたときは、驚きませんでした?」


 ――うっかり言ってしまった。


 一瞬、空気が止まる。アルベルト様の視線が、こちらに向いた。


「……どうして、それを知っている?」


 心臓が、落ちた。


(やばい)


 リリアーナ様から聞いたわけではない。物語の設定として、私が知っているだけだ。


 言葉が詰まる。


「い、いえ……その」


 頭が高速で回る。


「ご結婚は、ご両家のご関係からと、ここに来た時噂で耳にしたことがありまして……」


 沈黙。


 アルベルト様は、しばらく私を見ていた。


 見透かすような視線ではない。ただ、何かを確かめるような。


「……そうか」


 やがて、小さく頷いた。


「確かに、父同士の関係がきっかけだった」


 助かった。体の奥に溜まっていた空気が、一気に抜ける。


 ――が。


「そういえば」


 アルベルト様が、続けた。


「君は、どこから来たんだ?」


 背筋が凍る。


「採用の記録は見ているが……経歴のわりに、物事の見方が落ち着いている」


 穏やかな声。だが、確実にこちらを見ている。


「年齢のわりに、というべきか。まるで私たちを前から知っていたかのような目をしているときがあるよ

 うに思う」


(まずい)


 これは、まずい。


 心臓の音がうるさい。でも、ここで動揺したら終わる。


「地方の出身です」


 即答する。


「小さな町で育ちました。ただ親の仕事の関係で何度か引っ越しをしています。

 遠い親戚のつながりがあり、ここでメイドとして働かせていただくことに」


「そうか」


 それ以上は、聞いてこなかった。一応、違和感のない回答を考えたつもりだ。


「……不思議な人だな、君は」


 そう言って、アルベルト様は視線を書類に戻した。


「今日はありがとう。参考にさせてもらう」


「とんでもございません」


 深く一礼し、私は執務室を出た。


 扉が閉まった瞬間。


「……っはあああ……」


 声にならない息が漏れた。


(危なかった……)


 背中に、じっとりと汗がにじんでいる。


 気づかれてはいない。まだ、大丈夫。


 「……やっぱり、油断できないな」


 この世界は、物語の中。けれど、ここにいる人たちは本物だ。


 そして、アルベルトは。


(思ってたより、ずっと鋭い)


 胸を押さえながら、私は廊下を歩き出した。


 気づかれてはいない。気づかれていいものか分からない。


 物語の外から来た私が、この状況いつまでただのメイドでいられるのか。


 その保証は、どこにもなかった。


 早くいろんな謎を解決しなければ。

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