第14話 幼馴染に立ち向かうシゴデキ公爵夫人
メイド長に指示された仕事をこなしつつ、常にリリアーナの様子をうかがっていた。
私は、この日が来るのをずっと警戒していた。
サラが来てからというもの、リリアーナの機嫌は、見るからに低空飛行だった。背筋はいつも以上にまっすぐで、表情は完璧に整っているのに、視線がどこか遠い。話しかければ応じるが、声は必要最低限。そして何より、アルベルトとサラが並んで話しているのを、決して正面から見ようとしなかった。
一方で、当の二人はというと。
「それでさ、あの時ほんとに大変だったんだよな」
「分かる!終わったときみんなしばらく無になってたよね~」
……完全に内輪ノリである。悪気は一切ない。だからタチが悪い。リリアーナはその輪に入れず、少し離れた位置で紅茶を飲んでいる。カップを置く動作は丁寧なのに、置いた後の指先が、わずかに震えているのを私は見逃さなかった。
(これは……放っておいたら、確実に拗らせる。物語と同じだ。)
物語では、ここからだった。リリアーナが「自分は場違いなのではないか」と思い始め、アルベルトとサラの関係を必要以上に誤解し、そして夫婦の距離が、取り返しのつかないところまで開いていくきっかけとなる。
だから私は、強行突破に出た。
「失礼します」
メイド長の元へ向かい、私はできるだけ冷静な顔で進言する。
「奥様が、少し浮いていらっしゃるように見えて……よろしければ、お茶会の席を設けていただけませんか」
理由はそれだけ。事実しか言っていない。数秒の沈黙の後、メイド長は静かに頷いた。
「確かに。準備しなさい。」
(よし)
こうして、半ば強制的に「三人でのお茶会」が開催されることになった。テーブルに案内されたリリアーナは、明らかに不機嫌だった。微笑みは貼り付けたもの。姿勢は完璧。だが、目が笑っていない。アルベルトとサラは、その異変に気づかないまま、隣同士で腰を下ろす。
(ああもう……)
私は給仕をしながら、そっとリリアーナの背後に回り、耳元に囁いた。
「大丈夫ですよ。昨日の話、思い出してください。」
リリアーナの肩が、ぴくりと揺れる。
「他国のこと、よく分からない時ってどうします?とにかく会話して、相手を知ろうとしますよね。」
ほんの一拍置いてから、私は続けた。
「ビジネスと一緒です」
その言葉が、彼女の中で何かに繋がったのが分かった。リリアーナは深く一度、息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「サラさんは……」
「普段は、どのようなことをしているのですか」
リリアーナは、サラに話しかけた。完璧に仕事モードの顔なのは少し気になるが。でも、逃げていない。
サラは一瞬きょとんとした後、すぐに笑顔で答えた。
「基本は領地の管理ですね。でも書類に埋もれていることの方が多いです。常に肩こりしていますわ。」
さすが。私の知っているサラは、コミュ力もある。そして、何かを思い出したように続ける。
「そういえば、リリアーナ様はすごく仕事ができるって、アルから聞いてますよ。私も仕事が多かったりするといろいろ分からなくなることがあるので、ぜひ教えていただきたいです。」
その瞬間。リリアーナの動きが止まった。わずかに目を見開き、そして、ほんのり頬が赤くなる。
「そんな。務めを果たしているだけです。」
控えめな言葉とは裏腹に、耳まで赤い。失礼ながら、かわいいと思ってしまった。
そして、なぜか。
「……」
アルベルトまで、気まずそうに視線を逸らしていた。頬が、微妙に赤い。褒められたのは君ではない。
サラはその様子を見て、くすっと笑う。
「ほら。やっぱり、二人とも似ていますわね。」
その一言で、場の空気がふっと緩んだ。会話は自然と続いていく。
領地運営の工夫。書類仕事の効率化。女性同士だからこそ出てくる視点。気づけば、リリアーナとサラの二人が中心になっていた。アルベルトは少し遅れて相槌を打ち、二人の会話を見守っている。
(……いい感じになってきた。)
これでいい。物語で描かれていた「孤立したリリアーナ」は、ここにはいなくなった。
「今度は、二人でお茶しましょう。もっとお仕事のことも教えていただきたいですし、リリアーナ様のことも知りたいです。それに、アルのことも私達だけで話がしたいですわ。」
サラのその提案に、リリアーナは一瞬驚き、そしてはっきりと頷いた。
「ぜひ!すぐに日程を決めましょう」
その笑顔は、さっきまでの作り物ではなかった。
お茶会が終わり、リリアーナが部屋を出る背中は、来た時よりもずっと軽やかだった。
回避できた。
物語では、サラの登場は、夫婦の溝を決定的に深める引き金だった。だが、現実ではそれは起きなかった。リリアーナは元気を取り戻し、サラへの信頼も、確かに芽生えている。
私は、空になったカップを片付けながら、静かに考える。この出来事は偶然か、それとも、私が物語を変えたのか。
答えは、まだ出ない。けれど一つだけ、確かなことがある。
この世界は、もう台本通りには進んでいない部分が生まれたということだ。




