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現実は、台本通りになんてならない〜中学時代に書いた黒歴史物語の世界に来てしまった話〜  作者: 瑠美


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第10話 シゴデキ公爵夫人からのご報告が可愛すぎた件

 廊下の奥から、やけに軽い足音が聞こえてきたとき、私はすぐに分かった。

 あ、これ、来るな。


 次の瞬間、扉が勢いよく開いて、そこに立っていたのは公爵夫人リリアーナだった。けれど、いつもの落ち着いた表情ではない。頬は少し上気していて、目がきらきらしている。


「エリカ!」

その呼び方も、どこか弾んでいる。

「聞いてください。今日、アルベルトと……その……」

言葉を探すように一度視線を彷徨わせてから、彼女は小さく笑った。

「いつもより、たくさん話せました」

 私は、思わず口元を押さえた。かわいい。これは反則級にかわいい。天下の公爵夫人が、まるで放課後の出来事を報告しに来た少女みたいな顔で、専属メイドの私めのところに走ってくるなんて。しかもその内容が、夫との会話がうまくいったかもしれない、という話なのだ。


「それは……」

私は一度、悶えそうになる自分を抑えるために深呼吸をしてから、にこっと笑った。

「完全に効きましたね」

リリアーナは目を丸くする。

「そ、そうでしょうか?」

「ええ。表情で分かります」

さっきまでの緊張がほどけて、喜びを隠しきれていない顔。これはもう、成果が出た人のそれだった。

「お話の内容も、仕事だけではなかったのでしょう?」

「はい。寒い、という話から始まって、ありきたりすぎて失敗したかしらと思ったのだけど。アルベルト様がお返事もしてくださったのでなんとかその話から発展して、気づいたら、時間が経っていました」

 すこし落ち着かないその言い方が、また嬉しそうで。

「それは本当によかったです」

 私は、少しだけ声を柔らかくした。

「やはり無理に変えなくていいんですよ。仕事の話も、得意なことも、そのままで。ただ一つ、気持ちや思ったことを素直に口にしてみるだけでいいんです。」


 リリアーナは真剣に耳を傾けている。

「ほんの少しだけ、何でもない会話を足すんです。今日寒いですね、さっきの話面白かったです、どうしてそう思ったんですか、そういう一言で勝手に会話は続くはずです。」

「そうですね。慣れていけばもっと自然にたくさんお話しできるようになるかしら。」

「はい、あとは話しかけてみて、慣れていくだけですよ。」

そう言うと、リリアーナは微笑みながら小さくうなずき、胸に手を当てた。

「胸の奥が、少し軽くなりました」

 声が晴れやかだ。ああ、もう。本当にかわいい。

「それは私もとてもうれしいです。教えてくださってありがとうございます。」

 私がそう告げると、彼女は安心したように微笑み、丁寧に一礼をして部屋を出ていった。


 足音が遠ざかってから、私は椅子に腰を下ろす。


 成功だ。間違いなく。仕組んだわけではない。誘導したつもりもない。ただ、リリアーナの力になりたいと少し背中を押しただけ。


 それなのに。私は、胸の奥に引っかかる感覚を覚えていた。

「……物語通り、なんだよなあ」

ぽつりと、独り言が落ちる。ここまでの流れは、私が中学生のころに書いていたノートの内容と、驚くほど一致している。

 すれ違う夫婦。それを間近で見て、歯がゆさを感じる第三者。一時的な改善と、束の間の安堵。


 そして、その次に来る展開。私は、頭を抱えたい衝動を必死に抑えた。


 アルベルトの幼馴染。社交界でも名の知れた伯爵令嬢。幼いころから共に育ち、価値観も似ていて、並んで歩けば誰もが恋人か夫婦だと勘違いするほど、自然な距離感を持つ女性。

 物語では、彼女の登場によって、この夫婦の溝は決定的になる。リリアーナは仕事ができるからこそ、感情を表に出すのが遅れる。アルベルトは誠実だからこそ、説明が足りなくなる。


 誤解。沈黙。すれ違い。

 全部、知っている。全部、私が書いた。


「……どうするよ、私」

 ここまで来て、見て見ぬふりなんてできない。リリアーナは、もうただの登場人物じゃない。笑顔で駆け寄ってきてくれる、大切な人だ。この先、何もしなければ、物語は進む。正確に。残酷なほどに。


 けれど。

「変えていいんだよね」

 私は、小さく息を吐いた。


 台本通りには、させたくない。どう切り抜けるか。何ができるか。考える時間は、まだある。

 そう信じて、私は次に訪れる嵐の名前を、心の中で静かに呼んだ。


 ――サラ。


 物語は、ここからだ。

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