第92話 揺れる共鳴
──神楽坂柚葉は、異世界の〈霊泉の間〉と呼ばれる場所に身を置いていた。
周囲は穏やかな光に満ちていたが、
空間全体が不穏なうねりを帯びていた。
水面のような空気が、彼女の皮膚に震えとなって伝わってくる。
──《我らは境界の外。忘れられし法則の継承者》
──《再び、世界を繋ぐ──その意志を、試す》
“あの声”が、こちらにも届いていた。
柚葉の中で、異界と異世界の“揺らぎ”が共鳴し合う。
かつて巫女として過ごした五年
──その日々で築いた精霊との絆が、彼女の中でざわめいていた。
「……呼ばれてる。私の“力”が、再び必要とされてる……」
彼女はそっと胸元に仕舞った結晶片を取り出した。
それは高野から預かった、異世界と現実を繋ぐ“残響”だった。
──ピクリ。
その結晶が、赤い光を放った。
彼女がそれを見つめると同時に、精霊たちの声が再び響く。
《神託の巫女よ。再び均衡を見よ》
その囁きは、かつての盟友たちの記憶でもあった。
風の乙女、水の騎士、炎の狼──皆、彼女を支えた存在たち。
彼らの声が今、遠くから届いてくる。
(……世界がまた、崩れようとしてる)
柚葉は目を閉じ、小さく祈るように呟いた。
「……もう一度、立ち上がるときなのね」
右手を掲げると、光が集まり、
彼女の手の中に魔導盤が浮かび上がる。
その魔力の紋様は、かつて巫女だった証。
その中心で、精霊たちが目を覚ましたかのように、
鮮やかに輝いた。
「……高野さんたちは、無事でしょうか」
彼女の問いに応えるように、光が魔導盤の先を指す。
その先には、いまだ見ぬ“扉”──ふたつの世界を繋ぐ脅威が待っていた。
柚葉はそっと足元を見下ろし、背筋を正すと、ひとつ頷いた。
「なら、行かなきゃ。あの時と同じ。私にも、できることがある」
風が吹く。
精霊たちが、彼女の決意に応えるかのように──
神託の巫女は再び立ち上がった。
(続く)




