第91話 仮面の裏で笑う者
観測室へと移動する一行の中で、水科と千尋の言い合いが始まった。
「……だから言ったでしょ。最低限のプロトコルも守らないで突入するから、あの干渉が起きたのよ」
「だが、対応せざるを得なかったのも事実だ。判断を下したのは私だ」
言い合うふたりの間で空気がピリつく。その隙を縫うように、村田ジュンが小さく手を挙げた。
「ちょいトイレ。緊張すると腹下すタチなんで」
「ああ、行ってこい。ただ、長引くようなら連絡しろ」
高野の言葉に、軽く手を振って返す村田。彼はさりげなく分岐した通路へと歩を進め、姿を消した。
──地下施設の一角、監視の死角となる小部屋。
その扉の前に立つと、彼の表情からいつもの飄々とした仮面がすっと剥がれ落ちた。
静かに息を吐き、ポケットから取り出した小型端末を起動する。
封印されていた観測デバイスの一部が脈動を始め、赤い光を灯す。
「“目”は目覚めつつある。だが、まだ意志が定まっていない」
まるで自分自身に言い聞かせるような口調。
彼の中には、確かに複数の“声”があった。
魔王たちの残響。
異世界で敗北し、転生者たちに討たれた魂たちが、ひとつの“核”となって彼に宿っている。
この世界では、ただの軽口野郎。
だがその実、彼は“終焉”を見届ける存在だ。
「高野、柚葉、ユイ……君たちが鍵を持つのなら、それを試させてもらおう。
だが、その先は俺が支配する」
指先が魔素を弾き、空間にひとつの印を描く。
扉の波動と共鳴するかのように、空気が一瞬だけ軋んだ。
そして足音が近づく。
「村田ー、何してんだよ。時間かかりすぎ」
呼びに来たのは高野だった。
一拍置いて、村田はいつもの調子で振り向く。
「んー? 腹痛でさ〜、トイレの場所分かんなくてちょっと彷徨ってたわ」
「……お前な」
高野が苦笑しながら頭を掻く。その横でユイがちらりと村田に目を向ける。
その瞳に、一瞬の違和感が過った。
だが、その正体を掴むには、まだ少し時間が必要だった。
「さて、そろそろ“観測結果”の確認といこうか。俺も中二センサー張り直しとくわ」
軽口を叩く男。
しかし、その笑顔の奥には、誰も知らぬ“終末の鍵”が隠されていた。
(続く)




