第83話 兆しの歪み
異界との結び目──旧地下鉄跡。
再びその広間に集った高野たちは、異様な緊張に包まれていた。
空間はまだ不安定なまま、微細な揺らぎが空気中を漂っている。
空間を満たす魔素の粒子が、時折ふっと乱れた軌道を描き、
まるで何かが“目覚め”を待っているかのようだった。
千尋がタブレット端末を操作しながら、眉間にしわを寄せる。
「やっぱり……結界が内側から“押し戻されてる”わ。
誰かが外からこじ開けてるわけじゃない。
これは、向こうから……自律的に膨張してきてるの」
その言葉に、水科が頷く。
「意志体の一部か、それとも別の何か……。
いずれにせよ、これは初めて見る類いの反応だ。
これは明らかに“招き”だ」
高野は拳を握り締め、空間の裂け目に目を凝らす。
「……まるで、こっちを試してるみたいだな」
そのとき──
パキィンッ──と、空間に音が響いた。
亀裂が走ったのは、壁でも地面でもなかった。
それは、空間そのものに“ひび”が入ったような、
現実では説明しがたい異常だった。
ひび割れた空間から、濃い闇が滲み出す。
その中心に、“目”が浮かぶ。
だが、それは今まで見てきた“監視者の目”とは違っていた。
瞳孔は不規則に脈動し、何層にも重なった異質な構造体が連なっている。
「こいつ……進化してる……」
ユイが、声を震わせた。
その“目”が瞬いた瞬間──
全員の意識に直接、声が流れ込む。
《識別完了。記録:進行中》
《次段階:接触──準備完了》
結晶片が激しく反応を起こし、柚葉の周囲に淡い光の波が広がる。
「高野さん……今、誰かが……私の中に、触れようとして……!」
「下がれ、柚葉!」
高野が柚葉の肩を掴み、彼女を庇うように一歩前へ出る。
その瞬間、空間の中心──裂け目が、大きく“開いた”。
眩い光と共に、空気が引き裂かれる。
そして、何かが“こちら側”へと顔を出そうとしていた。
「くそっ、もうここまで来てるのか……!」
水科が急ぎ、封印術式の再構築を開始する。
千尋とユイが即座に補助に回るが、今や空間全体が脈動しており、術式の安定には限界がある。
「次回の干渉まで、もう……時間がない!」
そう叫ぶ水科の背後で、再び異界の“目”が光を放った。
空間が、現実と異界の境界を越えて“混じり合い始めている”──。
(続く)




