第77話 影と影
午後三時ちょうど。
応接室の時計が、静かに時を刻んだ。
ガラス越しに差し込む陽光が、
部屋の中央に置かれたガラステーブルを淡く照らしている。
その席に、二人の男が向かい合って座っていた。
一人は、白衣の下にスーツを着込んだ水科敬司。
もう一人は、いつもの軽口を封印した村田ジュン。
「お久しぶりですね、水科さん」
「……君とこの形で再会するとはな。村田くん。いや、“君”と呼ぶべきか」
開口一番、水科の口から出たその言葉に、場の空気が一気に緊張に染まる。
村田は笑みすら見せず、ただ視線を向け返す。
「僕は、今も昔も“村田ジュン”ですよ。
ただの、ちょっと空気読めるサラリーマンってやつです」
「そうか。では、その“ただのサラリーマン”が、
なぜ異世界の観測魔素を完全に遮断できるような術式を身につけている?
なぜ、十年以上前に消失した“魂片”と同調反応を示している?」
水科の言葉に、村田の笑みが戻る。
「さすが、元・結界工学の第一人者。目ざといね」
ふっと立ち上がり、村田は窓の外を見やる。
遠くには東京の街並みが広がり、その片隅に、高野たちが待機するビルもあった。
「君たちは、まだ“境界の外”を理解していない」
「境界……?」
「この世界と、あちらの世界を繋ぐ力。それは観測できるような単純な魔素じゃない。
意志だよ、水科さん。世界そのものが、意思を持ち始めてる」
「まさか……君、もう──」
その言葉の先を、水科は言えなかった。
村田が振り返った時、その瞳には、かつて異世界の大魔王が持っていた“視線”が宿っていたからだ。
「もうすぐだよ。今度の扉が開けば、全部繋がる。
君たちが“鍵”を集めてくれているおかげで、ね」
「それが目的だったのか……最初から」
「最初……? そんなものはないよ、水科さん。
始まりも終わりも、ただ“必要だから起きる”だけのこと」
静かに、村田は扉を開けて部屋を出た。
水科はその背を見送りながら、独り言のように呟く。
「……やはり、あのとき……連れてきてしまったのか」
外では、空が静かに陰り始めていた。
(続く)




