第75話 集結前夜
結界圏の扉が閉じられたのは日没直前だった。
魔力の余波で揺れ続ける空間を後にし、高野たちは地下の作戦室へと移動していた。
室内には、すでに仮設のホログラム作戦盤が広げられている。
照明は控えめに落とされ、魔素の検知装置が断続的に低音を発していた。
「これが……“侵食”の進行マップ?」
ユイが前に出て、浮かぶ立体地図を見つめた。
「そう。日本各地の高濃度魔素ポイントが数値化されてきている。
とくに東京湾沿いの地下構造物と、
関東山地の古代祭祀遺跡付近で異常値が確認されている。」
水科が淡々と説明する。
「つまり、扉の“次の座標”候補ってことか……」
高野は地図を見ながら、自分の掌を強く握りしめる。
「異世界とこちらを結ぶ安定接続が、次に成立する可能性があるのは──この2箇所だ」
水科が指差した先には、かつて事故が起きた研究施設と、誰も近づかない封鎖された地下トンネル。
「直哉の痕跡も、まだ確認されていない……
もしやつがあちら側で“観測者”に触れたなら、次に動くのは──」
その場に沈黙が落ちる。
「……仲間、増やせないんですかね?」
静かに柚葉が呟いた。
「もう、この場にいる人間だけで足りるとは思えません」
ユイがうなずく。「でも、信用できる人間って限られてる。魔力持ちでも、帰還者とは限らないし」
水科が壁際の端末を操作しながら言う。
「実はひとり、候補がいる」
「誰?」
「……君たちの会社の同僚であり、過去に異世界での接触履歴が“観測された”人物」
その名が表示された瞬間、高野とユイの顔がこわばった。
「……村田?」
「まさか……彼が?」
「ただの偶然では済まされない“痕跡”が出ています。そろそろ、彼の正体も明らかにせざるを得ない」
高野は深く息を吐き、椅子に座り込んだ。
「明日、直接会う……その前に、俺たちがやれる準備を全部終わらせておこう」
仲間たちの視線が一つに集まる。
異世界と現実の狭間で、最終決戦に向けた夜が、静かに──だが確実に、動き出していた。
(続く)




