第74話 境界を越える声
〈第零結界圏〉では、リリィとの接触によって施設中の魔力が過敏に反応していた。
高野陸は揺れる結晶の光を前に、深く息を吐いた。
画面越しのリリィが、確かにこちらを見ている。
「……リリィ……そこにいるんだな」
その言葉に、リリィが小さく頷いた。
それは応答であり、同時に“決意”の表れでもあった。
『この世界の“裂け目”が、こちらにも届き始めています』
リリィの言葉が、通訳を介さずに響く。
もはや異世界との通信は、言語という壁を越え、
意思そのもので交わされていた。
水科が驚きと共に報告する。
「観測者の中枢領域と、リリィさんの魔力波長が同期している……!
通信ではなく、これは“融合前提の共鳴”だ」
「共鳴……って、つまりこのままいけば──」
ユイが警戒の視線を向ける。
「あちらの世界とこちらが、さらに近づく」
柚葉が静かに言葉を継いだ。
「そして、それは次の“扉”が開くことを意味します」
一瞬、場が凍る。
だが、次の瞬間、リリィの背後で何かが起きた。
霧が裂け、空が歪み、その先に──黒き“眼”が開きかけていた。
「っ、また……観測者が!?」
『急がないといけません。こちらでも対処を急いでいます。
……でも、リク、もしこちらへ来られるなら──』
「わかった、すぐに準備する。こっちも、状況はギリギリだ」
リリィが微笑み、映像は揺れながらも繋がり続ける。
その間にも、施設内の魔力圧が高まっていた。
「水科さん、結界が耐えきれません!制御限界まであと3%!」
柚葉の声が響く。
「一時接続を遮断しろ。高野くん、君たちが次に進む準備が整うまで、こちらは持たせる」
リリィの姿が、徐々にかき消えていく。
しかし──最後の一言だけが、全員の脳裏に深く刻まれた。
『“鍵”は揃った。次に動くのは──あなたたち』
そのとき、異世界の霧の中──ゴルドとミリアも、それぞれの位置で魔力を集めていた。
あちら側でも、彼らは戦っていた。
つながった。
確かに、両世界は今──手を取り合う一歩手前にいた。
(続く)




