第72話 結界圏の目覚め
〈第零結界圏〉のゲートが重々しい音を立てて開く。
薄暗い地下へのスロープを車が降りていき、金属の扉の先に現れたのは、
まるで時が止まったかのような空間だった。
冷たく張りつめた空気。壁一面に設置された魔素検知用の結晶コンソールが、
かすかに脈動している。
「ここが……」
柚葉が息を呑む。
「かつて、異界との干渉点だった場所だ。だが今は、逆にそれを防ぐために作り替えた」
水科の声が響く。
拠点中央には、六角形の解析円陣が展開されていた。
その中心に、柚葉の持つペンダントと、学校で検出された魔素反応の結晶片が並べられる。
水科が操作卓に向かうと、淡い光がフロア全体を包んだ。
「……解析開始。各種魔力周波数を照合、対象:観測者系統の異界波動」
ピィィ……と、耳鳴りのような高音が鳴る中、ユイが思わず眉をひそめる。
「この音……意識の奥に直接響くような……」
「異界と繋がる信号の“余波”だ。耐えられないようなら外に出てもいい」
だが、誰も一歩も引かなかった。
やがて光の中に、図形が浮かび上がる。
それは、“観測者の目”──あの、境界の向こう側に存在した視線の主と一致する形状。
「やはり同一……しかもこれは、単なる接触ではない」
水科が低く呟いた。
「これは、“呼びかけ”だ」
場に緊張が走る。
「意志体がこちらを識別し、継続的に接触しようとしている。拒絶すれば暴走、許容すれば侵食される可能性も……」
「……つまり、“試されてる”ってことか」
高野がつぶやく。
柚葉はそっと結晶に手をかざし、目を閉じた。
「この波動……私だけじゃない。向こうにも、誰か“気づいてる”」
その瞬間、解析円陣の周囲にあった結晶が淡く揺れ、再び映像が浮かび上がった。
それは、異世界側の風景。
霧のかかった森。歪んだ空。
──そして、その中に立つ人物。
エルフの耳を持ち、白銀の杖を構えた──
「……リリィ……?」
高野の声が震えた。
画面の中で、彼女がこちらに振り向いた。
だが、それは録画でも記録でもなかった。
向こうからも、こちらが見えていた。
“リアルタイム”で繋がったのだ。
(続く)




