第69話 目を逸らさぬ者たち
高野陸は結晶片を握りしめたまま、自席に深く腰掛けた。
端末の画面は通常通りの社内システムに戻っており、
周囲の社員たちもいつも通り仕事をしている。
──しかし、もうこの日常は“保証されたもの”ではない。
「リリィ……お前の言った通りだ。奴らは、まだ終わってない」
小声で呟いたそのとき、社内のスピーカーが低く唸るように音を立てた。
『──制御下にある波動圏での異常を検出。ID:高野陸、対応要請』
次の瞬間、高野の端末にセキュリティコマンドが届く。
《発信元:水科 敬司》
《状況:研究施設第β区画、再共鳴》
「また……扉か」
高野は立ち上がり、ジャケットを羽織った。
振り返ると、会議室から出てきた葛城ユイが、腕を組んでこちらを見ていた。
「出るんですね?」
「……わかったのか」
「あなたの顔見れば、だいたい」
ユイは鞄を手に取り、当然のように並んで歩き出す。
「千尋さんには?」
「すでに連絡済みです。『全力で封じ込める』と」
その冷静さが、逆に心強かった。
会社の地下駐車場で水科の用意した車に乗り込むと、後部座席には水科自身の姿があった。
「すまない、高野くん、葛城くん。異界の波動が“再活性”を始めた。明らかに、こちらの動きを読んでいる」
「……観測だけじゃなく、反応してきてるってことか」
「そうだ。そして今回は、こちらから手を打たねばならない」
水科はひとつの端末を見せた。そこには──
《精霊反応:高位/観測対象:柚葉・不明第三体》
「不明体?」
「結晶片に新たな干渉波が混入した。異世界側からの“通信”とは別の……何かの干渉だ」
水科の手元の画面には、波動が重なり合うように表示されていた。
その中心に、微かに“目”のような模様が浮かんでいる。
「また……見られてる」
高野の言葉に、車内の空気が冷えた。
彼らは再び、異界との最前線へと向かおうとしていた──。
(続く)




