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第66話 とある社畜の平和な昼休み

「──おい高野、また電子レンジ壊したのか?」


 昼休みの給湯室に響いたのは、村田ジュンの軽快なツッコミだった。


 高野陸は慌ててマグカップを下げた。

 そこから漂っていたのは、ほのかな光 

   ──正確には、紅茶を温めるはずの電子レンジが“なぜか”高野の体温で加熱していたのだ。


「……おかしいな、ボタン押しただけなんだけど」


「それ、何回目の“おかしいな”だよ。そろそろお祓い案件じゃね?」


 ユイが呆れ顔で突っ込む。

「高野さん、静電気の量超えてますよ。コピー機も電子レンジも……機械が反応しすぎです」


「いやほんと、俺もどうにかしたいんだけどさ……朝の満員電車で魔力が……いや、体調が微妙で……」


「魔力?」


「……疲労、って言おうとしたんだけど」


 高野がごまかすように目をそらすと、ジュンはカップを取り出しながらニヤついた。


「お前、最近ほんと謎だよな。朝ぼーっとしてるし、たまに目つきが“戦場帰り”みたいなときあるし」


「そういう日もあるんだよ」


「でも、戦場って……どこの?」


 鋭いのか鈍いのか、絶妙な村田の“直感”に、高野はただ曖昧に笑ってごまかした。


──日常が戻ってきた、はずだった。


 研究所からの脱出、そして扉の封印。

 あの激しい出来事の数日後、高野たちは“ごく普通の社会人”へと戻っていた。


 だが、異界の名残は小さなところに顔を出す。


 給湯室の電子レンジ。

 コピー機の印刷スイッチ。

 果ては自販機の釣銭投入口まで、なぜか高野の周囲では“ちょっとした異常”が起き続けている。


「このままだとマジで“高野の周りだけデジタルポルターガイスト”って記事出るぞ」


「いや、それはそれでホラー枠だよな……」


 ユイとジュンの会話をぼんやり聞きながら、高野はうっすらと思った。

(……でも、なんか“これくらい”なら、戦うよりマシかも)


 かつて魔王と戦った英雄は、いま──

 電子レンジとコピー機を制御できずに、社畜としての一歩を踏み出していた。


(続く)

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