第65話 滲み出す異界
研究所での激しい干渉を乗り越えた高野たちは、
それぞれに体力と魔力を使い果たした状態で、
ようやく地上へと戻った。
外部の残留結界が崩壊する直前、水科の判断で非常搬送ユニットを強制起動。
重力制御エレベーターと隠し通路を使い、メンバー全員を上階の避難エリアへと運び出した。
ユイと柚葉は魔力制御で揺らぎを抑えながら、千尋を支え、
高野は必死に意識を保ちながら仲間たちを先導する。
そして最後、蒼く脈動する結晶に、水科は封印術式を発動。
空間は静かに収束し、嵐のような波動が消えていった。
それから数日後。
現実世界に戻った彼らは、
日常に戻ろうとする中で、“異変”の兆しに気づき始める。
最初にそれを見つけたのは──神楽坂柚葉だった。
朝の通学路、山手線の車内。
網棚の奥、誰も気にしない空間に、“異界特有の魔素の歪み”が揺らいでいた。
「これは……残響……? 結晶の……影響?」
その場を離れようとしても、視線の端に魔力の微粒子がちらつく。
誰にも見えない、けれど確実に存在する“ひずみ”。
一方そのころ、水科の自宅の研究端末には異常な波動データが記録されていた。
扉が封じられて以降、
常時監視していたセンサーの一つが、都市部で“空間波動の偏位”を検知したのだ。
「まだ、影響が残っている……? いや、それどころか拡大している……」
魔素の流れは微細だが明らかに“こちら側”に浸食している。
そして高野の勤める会社では、またしてもコピー機が異常を起こした。
「印刷……完了って出てるのに、一枚も出てこない……」
コピー機の上蓋がピクリと震え、魔力の波紋が走る。
「まさか……これって、扉の影響?」
ユイが眉をひそめて端末を確認すると、そこには検出された微弱魔力値。
「おい、また俺か!? 満員電車で魔力が漏れたのか!? 俺のMP、交通機関に負けすぎだろ!」
村田ジュンが即座にツッコミを入れる。
「お前のスキル、もはや社畜より厄介だな」
笑いながらも、全員の顔にわずかな緊張が走る。
──そして、その夜。
監視カメラに映らない何かが、かつての研究所跡地を横切った。
形は人型、しかし輪郭は歪み、光が乱れている。
異界の存在か、あるいは“こちら側”に適応した新たな異常存在か。
水科はその映像を前に、息を呑む。
「……次の段階が、始まったかもしれない」
異世界の残響が、現実を蝕み始めている。
そしてその波紋は、もう誰にも止められないほどに広がりつつあった。
(続く)