第63話 水科の計画
水科敬司が目を覚ました場所は、
無音の研究室だった。
いや、正確には“似ているだけ”だった。
机の配置、壁に貼られた配線図、ホワイトボードに残された数式
──どれも記憶の中の風景にそっくりだ。
だが、異様なのはその静けさ。
機器のファン音も、人の気配もない。
すべてが、まるで凍りついたように停止している。
そして、正面のスクリーンに浮かび上がった文字。
《観測者:水科敬司──試練開始》
「……私にも試練を課すというのか」
水科は眉ひとつ動かさずに呟いた。
次の瞬間、空間が揺らぎ、一人の男の姿が現れる。
白衣を着た青年
──それは、数年前に姿を消したかつての同志にして、
親友だった男、本城直哉だった。
「……直哉……」
だが、その目は無表情だった。
まるで記憶が再現しただけの幻影。
しかし、それでも水科は口を開いた。
「君は……今、どこにいる?」
問いに答えは返らない。ただ、直哉の口元が僅かに動いた。
《境界を越えた者は、何を見た? 何を得て、何を失った?》
異界の声が空間全体に響き渡る。
「私が失ったのは、科学への信頼だ。私が得たのは……その先にある未知への渇望だ」
水科の声には、熱があった。
彼は一歩、幻影の直哉に近づいた。
「君の帰還のために私はすべてを費やしてきた。あの日の実験は
──計画ではなかった。
だが私は、それを意義あるものに変えたかった。
扉は“事故”だった。
しかし今や、それは“選択”になったんだ」
《その選択に、犠牲は必要か?》
言葉が鋭く突き刺さる。
水科は立ち止まった。
「……必要だったと思っていた。けれど……彼らと関わるうちに、わずかに変わり始めている。
私はまだ、“正しさ”を選び損ねている最中なんだ」
幻影の直哉が、わずかに微笑んだ。
そして、静かに姿を消す。
スクリーンが光を放ち、彼の足元に浮かび上がる道標。
《観測完了。適性確認済。意志体との接続は維持中》
水科は、静かに目を閉じた。
「……今度は、“誰かを犠牲にしない未来”を見つけよう。遅すぎるとしても、それが私の贖罪だ」
そうして、彼の“試練”は終わった。
(続く)




