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第60話 目覚める視線

“観測、継続中”


 その言葉が、まるで呪文のように空気を支配していた。


 誰一人、声を発せず、ただ端末から発せられたその異質な声を反芻していた。


 柚葉が小さく震える指先で、浮かび上がった結晶片を見つめる。

「これ……反応してます。まるで、あの声に……応えてるように」


 その瞬間、再び音声が鳴った。


『──識別進行中。意志体への接続試行。制限解除準備中』


「……“意志体”? まさか……あれが意思を持ってるのか?」

 高野が思わず口にする。


 ユイが即座に端末を操作し、魔力の流れを検出。

「この結晶、単なる残骸じゃない。内部で“魔素構造”が再構築されてる……! これは──再起動プロセス……!」


 水科も顔をこわばらせた。

「まさか……“あちら側”の存在が、自律的に結晶片を通してアクセスを……?」


「誰かが、明確にこちらを“見て”る」

 千尋が、静かに言葉を落とす。


 そのときだった。

 照明が一斉に明滅を始め、施設全体が微かに震え出す。

 床下から響く低周波音。


『──適合完了。意志体:目覚めに向けた観測段階へ移行』


 その言葉と同時に、結晶片から放たれた光が空中に映像を映し出す。


 それは──虚無の空間に浮かぶ“目”。

 人の目に似てはいるが、その瞳孔は中心が複雑に分岐し、どこか異様だった。


 “それ”は確かに、こちらを見ていた。


 そして、言葉ではない“圧”が、全員の頭の奥に響く。


《おまえたちが“鍵”か》


 高野は、全身の毛穴が総立ちになるのを感じながら、絞り出すように応じた。

「……誰だ、お前は」


 しばしの静寂。

 だが次の瞬間、圧倒的な“存在”が、壁の向こう、扉の彼方に確かにいると全員が理解した。


《我らは境界の外。忘れられし法則の継承者》


《再び、世界を繋ぐ──その意志を、試す》


 その言葉に、誰もが息を飲んだ。


 封じたはずの扉の先で、なお息づく意思。


 新たな“異界の監視者”が、いま、目を覚まそうとしている。


(続く)

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