第57話 揺らぐ影、迫る真実
結晶の奥に立つ“影”は、未だ曖昧な姿のまま、こちら側へとその存在をにじませていた。
空間は今にも壊れそうなほど脆く、だがわずかに持ち堪えている。
「高野……もう一回、加速できる?」
千尋が呼びかけた。
「できるけど、長くは保てない」
高野は額の汗をぬぐいながら答え、深く息を吐いた。
そのとき。
影の輪郭が、わずかに“人間の形”へと近づいていく。
靄が晴れるように、影の奥から“声”が届いた。
『……高野、聞こえるか……』
その声には、かすかに聞き覚えがあった。
「……その声……まさか……」
水科が目を見開く。
「直哉……? 本城直哉なのか……!?」
影は応えず、代わりにゆっくりと手を前に差し出す。
だが、それは救いを求めるというより、警告のように──
柚葉が息をのむ。
「この魔素……“向こう側”の世界、いや……何かもっと“強い意志”が混ざってる……!」
ユイが魔力を集中させながら呟いた。
「もしこの扉が完全に開いたら、その“何か”がこの世界に……」
「やっぱり、あの“影”だけじゃないってことか」
高野は結晶の脇に回り、再び《時制操作》の構えを取った。
そのとき、影の姿が完全に人型へと変わる。
顔は曖昧ながら、確かに──人だった。
影は口を開いた。
『……これは“警告”だ。扉を超えてはならない。開き切る前に……封じろ』
一同が息を呑む中、影の最後の言葉が響いた。
『でなければ、“あれ”が来る』
影の姿が、結晶の光に溶けるように消えていった。
重たい沈黙。
水科が、ただ一言だけ呟いた。
「……直哉だった。あれは、確かに」
扉の光はまだ収まっていない。
だが、その向こうから届いた“警告”は、確かにこの世界を守ろうとするものだった。
新たな危機の存在を感じながら、高野たちは改めて“選択”を迫られていた。
この扉を、どうするのか。
(続く)




