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第56話 侵食の始まり

異世界の“扉”が開きかけていた。


 結晶の奥から現れた“影”の存在は、未だ曖昧で輪郭が定まらず、ただただ不気味にその場に佇んでいた。しかし、それを起点にした異常は、確実に現実世界へと波及し始めていた。


 警報が再び鳴り響き、廊下の照明が順に落ちていく。

 結晶の周囲には、淡い蒼と黒が混ざり合う霧状の魔素が広がり、空間の端から“軋み音”が広がっていく。


「この振動……このままじゃ、こっちの空間が保たない……!」

 柚葉が額に汗を浮かべながら術式を維持していた。


 だが、異変はそれだけに留まらなかった。


 壁面のモニターに、自動的に文字列が浮かび上がる。

『起動コード:未明転送 対象:空間座標オーバーラップ』


「ちょっと待って……このコード、強制リンク構文だ!」

 水科が叫ぶ。

「誰かが“向こう側”から制御してる……! しかも、こちらのシステムに完全に干渉できるほどの……」


 そのときだった。


 空間の一角がバキンッ、とガラスが砕けるような音とともに裂けた。

 現実の床が、まるで布のように捩れ、その裂け目から異世界の荒れた空の色が覗く。


「空間が……直結し始めてる!? 扉が閉じきってないのにっ……」


 ユイが術式を再編しながら、柚葉を支えるように隣に立つ。

「このままだと、私たちの“座標”ごと、異世界に引きずり込まれるわ」


「落ち着いて、ここで崩れたらもう終わりだ!」

 高野は冷静に魔力を集中し、《時制操作》を慎重に発動。

 空間の歪みに干渉し、広がる裂け目の拡大を一時的に“遅延”させる。


「少しだけ……時間を稼いだ……!」


 水科がそれに気づき、すぐに補助陣を追加展開。

「やるな、蒼銀の戦神。よし、次はこちらで封印コードの一部を打ち込む!」


 結晶の震動は止まらず、影の姿もまだその向こうに揺れていた。


 だが、誰もが諦めていなかった。


 それぞれが“今できること”を選び、動き、支え合い、ここにいる意味を証明するかのように、地に足をつけて踏ん張っていた。


 この世界が、この空間が、崩壊へと傾いていく中で──


 戦いはまだ、終わっていなかった。


(続く)

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