第54話 旧研究所へ
旧研究所跡地は、市街地から離れた区画にひっそりと残っていた。
かつては先進技術の象徴だったその建物も、今ではすっかり外壁の一部が崩れ、錆びた鉄骨がむき出しになっている。高野たちは管理ゲートを抜け、ひび割れたアスファルトを踏みしめながら奥へ進んでいく。
「……ここ、本当に“扉”が?」
ユイが呟くと、隣で柚葉が息をのんだ。
「この空気、間違いありません。魔素の濃度が……異常です」
水科が足を止めて、昔の記憶をたどるように建物を見上げた。
「この地下に、実験用の空間転移フレームがあった。当時は未完成だったが、あの座標……一致している」
千尋がポケットからセキュリティカードを取り出す。
「一応、兄関連のものはすべて保管してたからここのIDカードは残ってた。たぶん、まだこれで開けられるはず──」
キィ、と金属の軋む音とともに、研究所の重厚な扉が開いた。
中は、まるで時が止まっていたかのように静かだった。
埃が積もり、誰もいないはずの廊下に、微かに蒼い光が揺らめいている。
「……こっちだ。下に降りる階段がある」
水科の導きで、チームは地下階へと足を進めていく。
その途中──
不意に、柚葉が足を止め、ユイに視線を向けた。
「……改めて、初めまして。葛城さん。先日はあまり話せなかったので……」
ユイは立ち止まり、優しく微笑んだ。
「ええ、こちらこそ。これからよろしくね、後輩帰還者さん」
「……“仮面の巫女”って、異世界では有名だったんですか?」
その言葉に、ユイは少しだけ口元を引き締めたが、あくまで明るく返す。
「……まあ、それなりに。だから今は静かに生きたいのよ、ほんとに」
水科がその横で小さく頷いた。
「ある村で一度、キミを遠くから見た。当時の私は、あの仮面の巫女が“転生者”だとは夢にも思わなかったが……」
ユイは軽くため息をついた。
「でも、今はただの庶務課の葛城ユイよ」
そんなやり取りを挟みながら、一行はついに目的の部屋──旧転移装置室の前に到着した。
扉の前には、再び蒼い脈動を放つ結晶が存在していた。
「……これだ」高野が静かに呟いた。
結晶は、彼の気配に呼応するように、わずかに光を強める。
第二の“扉”が、彼らを待っていた。
「まずは周囲の安全を確認しましょう」
千尋の指示で、チームは手分けして地下施設の探索を開始した。
柚葉はユイとペアになり、廊下の奥へ。
「こうしてちゃんとお話しするのは初めてですね、葛城さん」
「うん、私もね。でも“帰還者”同士って、なんか安心するものよね」
そう言って微笑むユイに、柚葉も自然と笑顔を返していた。
一方、高野と水科は、旧設備室の残骸を調べていた。
「……この結晶、こっちの世界でも成長している」
水科が記録用のスキャナを結晶に当てながら、低く呟く。
「成長……?」
「断定はできないが、魔素を吸収して増幅している可能性がある。下手をすれば、このまま“自律拡張”して異世界との境界が曖昧になる」
「……また、こっちが飲み込まれるってことか」
探索は続く。
だが、ただの探索ではなかった。
それぞれの過去が交差し、少しずつ、信頼という絆が紡がれ始めていた。
──その時だった。
警報音が響いた。
機能しているはずのない非常灯が赤く点滅し、天井から金属音を響かせながらシャッターが降りる。
「閉じ込め……!? 誰かが外から操作を──」
千尋が端末を操作するも、制御は効かない。
直後、壁面のスピーカーが不気味にノイズを走らせながら音を発した。
『接続試行──異世界リンク、プロトコル起動』
水科が青ざめる。「……この音声、旧型の自動起動プログラムだ。誰かが外部から“アクセス”してきてる」
「まさか、まだ“裏側”とつながって……!」
彼らが見つめる結晶が、じわじわと形を変えていく。
──第二の扉。
それは、完全に“開き始めていた”。
(続く)




