第53話 再集結、そして兆し
研究所の一室。照明の下、整然と並べられた会議テーブルを囲むようにして、五人の人間が静かに座っていた。
高野陸、葛城ユイ、神楽坂柚葉、本城千尋──そして、水科敬司。
つい数時間前、異世界からの“声”を聞いた者たち。
直哉という存在が、蒼き結晶の向こうから訴えた“警告”と“願い”。それは、全員の胸に深く突き刺さっていた。
会議室に重たい沈黙が流れる。
最初にその沈黙を破ったのは、高野だった。
「……第二の扉。直哉さんが言っていた“もう一つの接続点”、思い当たる場所は?」
水科は、眉間に皺を寄せながら小さく首を振った。
「明確な場所はない。ただ、ひとつ言えるのは──最初の事故、直哉が飛ばされた座標とは異なる地点だろう」
柚葉が頷きつつ、タブレット端末を操作しながら話を続ける。
「こちらの魔力波形ログをご覧ください。直哉さんが現れた瞬間、扉とは別の方向にも魔力の“揺れ”が記録されていました。非常に微細ですが、確かに反応があります」
ユイが画面を覗き込み、ぽつりと呟いた。
「……まるで、もうひとつの“結晶”が反応したみたい」
その瞬間、柚葉がユイに目を向け、少し戸惑ったように口を開いた。
「えっと……葛城さん、ですよね? はじめまして。あの、少し失礼なことを言うかもしれませんが……」
ユイが首を傾げて微笑む。「うん、何かな?」
「異世界のこと、すごく詳しいですよね。それに、魔力の流れにも自然に反応してる。まさか……葛城さんも“帰還者”なんですか?」
その言葉に、場の空気が一瞬、張りつめた。
ユイは静かに目を伏せ、軽くため息をついた。
「……ええ、そうよ。十年前に異世界から帰ってきた。私は、もうこっちの生活に慣れすぎちゃったけどね」
柚葉が驚きの表情を浮かべた。
「そうだったんですね……私は二年前に、異世界から戻ってきました。……あの、じゃあ私たち、“同じ側”なんですね」
「そうね。ようやく、ちょっと心強いかも」ユイは苦笑気味に頷いた。
そのやり取りを見ていた水科が口を開いた。
「……葛城ユイ。君とは異世界で一度だけ会っている。あの時は、君は仮面をつけて“仮面の巫女”と呼ばれていたな」
今度は千尋が驚いたようにユイを見る。
ユイは軽く肩をすくめる。
「そう呼ばれてたのは事実。でも、こっちに戻ってからは封印した過去よ。異世界で私がどんな立場だったか──できれば、今の私の部下たちには内緒にしておいてほしいな」
柚葉は微かに頷きながらも、興味深そうにユイを見つめていた。
「その可能性は高いです」柚葉が再び画面を指差す。
「ただし、それが“扉”そのものかどうかは、まだ分かりません」
資料に視線を落としていた水科が、目を細めて呟く。
「……この座標……市街地外れ……旧研究区域……」
その言葉に、千尋が顔を上げる。
「それ、多分……うちの旧研究所。十数年前に閉鎖された施設があります」
「そこに向かってみる価値はあるな」高野が立ち上がる。
全員の視線が彼に集まるが、誰ひとり反対する者はいなかった。
水科が静かに頷きながら立ち上がる。
「僕も行こう。……今度は、見届けるだけじゃない」
その言葉に、千尋が微かに笑う。
「なら、最初から味方でいてくれればよかったのに」
「遅れてくる味方ほど、頼もしいものはないだろう?」水科が小さく笑い返した。
それぞれが立ち上がり、資料を手にして部屋を出る。
新たな探索、新たな戦い。
その扉は、静かに開かれようとしていた。
──その頃、都市の外れ。
かつての研究区域、廃墟と化した地下区画のさらに奥。
誰も立ち入らなくなったその空間に、確かに“気配”があった。
埃に覆われた機材。
崩れかけた壁面。
そして、その中心に、蒼く脈動する──結晶。
小さな“歪み”が、そこから漏れ出していた。
(続く)




