第52話 動き出す意志
地下室の一件から数時間後。
研究所の最上階──かつて直哉と共に理論を積み上げた、
閉ざされた私室の中に、水科敬司はひとり座っていた。
机の上にある古びた端末。その画面には、かつての共同研究ログが静かに映し出されていた。
──『扉の接続理論/被験者:本城直哉』
直哉の名が、今もそこに残っていた。
「……まだ、消せずにいたか……」
水科は目を細め、端末の画面に指を滑らせる。
次々と現れるのは、理論式、実験記録、そして──直哉との音声ログ。
『もし仮に、扉が“第二構造”を持っていたら?』
『その場合、異世界との接続は単純な一方通行ではなくなる』
「……あのとき、お前はすでに気づいていたんだな……」
水科の目には、かつての友が映っていた。
共に未来を夢見ていた頃の、まっすぐな瞳が。
扉を開くことは、世界を変えることだった。
だが、それが誰かを“取り戻す”ことに繋がると信じていた。
──そして今日。
扉の奥から姿を見せた直哉は、水科に「それを止めろ」と言った。
なぜだ。なぜ、お前は……
「……否、違う。止めたかったのは“俺”自身か……」
だが、拳を握る。
これまでの全てを、自分の意志だと思い込んできた。
だが、直哉の言葉は、まるで水科の中の“罪”を言い当てたように響いた。
──そのとき、ドアがノックされた。
「入って」
入ってきたのは、本城千尋だった。
「水科さん……話がしたくて」
「……君か。どうした。責めに来たのか?」
千尋は首を横に振った。
「いえ。ただ、伝えたかったんです。兄が……最後に“信じてた”のは、あなたのことだと」
水科の瞳がわずかに揺れた。
「直哉が?」
「ええ。どんな結果になっても、“あの人なら間違いに気づいてくれる”って」
沈黙。
ただ、時間だけが流れた。
そして、水科は立ち上がる。
研究用の白衣を脱ぎ、静かに棚に掛けた。
「……あの子たちを巻き込むなら、俺も責任を負おう」
振り返った彼の表情には、かつての科学者としての理想と、今を見据える覚悟が宿っていた。
「第二の扉──それを封じるために、俺も動く」
そして、彼は千尋と共に部屋を出た。
次なる戦いは、すでに始まっていた──。
(続く)




