第49話 揺らぐ封印、現れる影
空間が、低く唸った。蒼い結晶の脈動は極限に達し、まるでこの世界そのものが異世界に引きずられるかのような、重苦しい圧力が辺りを包んでいた。
「結晶の反応が異常です!」
柚葉が叫ぶ。その声も、空気の震えにかき消されそうになる。
千尋は制御卓に駆け寄り、警告音が鳴り響くパネルを睨みつけた。
「魔力の安定域を越えてる……これ以上は危険よ!」
しかし、そこで一歩前へ出たのは──水科だった。
「……見えるか。これが“再現”の先にある真実だ」
「真実? あんたのやってることは、ただの暴走だろう!」
高野が声を荒げる。拳を握り、前に出ようとするが、ユイがそっと肩を掴んで止める。
水科は構わず語り続けた。
「私は、扉の理論を完成させたかった。あの事故で直哉を失って、私はこの力の可能性と恐ろしさを同時に知った。それでもなお、この世界は“変化”に向き合うべきなんだ」
「……兄を取り戻すために、また誰かを犠牲にするつもり?」
千尋の声には怒気がにじむ。
水科はその視線を静かに受け止めたまま、首を横に振る。
「私は犠牲など求めていない。君たちは、自分の意思でここにいる」
「勝手な理屈だよ。誰もあんたの“世界改変”になんか同意してない」
高野が一歩、にじり寄る。
だがその時。
──空間が、震えた。
蒼い結晶の中心に、亀裂が走る。
「……来る!」
柚葉が身構える。
空間の奥、結晶の向こうから──何かが現れようとしていた。
光がねじれ、風が逆巻き、空気が重くなる。
そのとき、水科がほんのわずかに声を震わせた。
「……まさか……そんな……」
高野たちが結晶の方へ目を向けた。
そこにいたのは、
──白い服をまとい、静かに立つ一人の男。
姿はぼんやりとして、まだ完全ではない。
だが、千尋の目にだけは、はっきりと映っていた。
「……お兄ちゃん……?」
誰もが息を呑み、
新たな“存在”の降臨を、ただ見つめるしかなかった。
(続く)




