第44話 警告のベルは、届くか
仕事が終わった直後だった。
パソコンをシャットダウンしようとしていたそのとき、俺のスマホが鋭く震えた。
画面に表示された発信者の名は──本城千尋。
珍しい相手からの着信に胸騒ぎがした。そして、その直感は間違っていなかった。
通話ボタンを押した瞬間、聞こえてきたのは、彼女らしからぬ緊迫した声だった。
「──高野さん、今すぐ動けますか?」
「……どうした」
「扉が動いてる。レベル7。魔素反応が、臨界値を超えたわ」
瞬間、背筋がぞくりとした。
まるで世界の空気が、何か異質なものに侵食され始めているような感覚。
「水科が仕掛けたのか?」
「ええ。蒼銀の鍵──あなたの魔力残滓を模した結晶を使って、扉を無理やりこじ開けようとした。だけど制御できなかった。今は……崩れかけたエネルギーの“残滓”だけが、この世界に浸食を始めてる」
「持たないって……何が?」
「この現実側の“壁”が、よ」
扉が不安定なまま開きかけている──その状況は、あまりにも危険だ。
俺たちが知る異世界は、秩序ではなく“法則のゆらぎ”の塊だ。
そこが現実に接触すれば、重力や時間といった基本的な概念すら歪められる。
「柚葉は?」
「連絡は入れてる。彼女も気づいて動いてるはず。でも──」
千尋の声が少しだけ震える。
「でも、あなたが一番重要なのよ」
「……俺が?」
「鍵は、あなた自身の“意志”に反応するの。魔力の量でも、血筋でもない。過去に何を選び、これから何を守ろうとするのか。その覚悟が、鍵を真に“発動”させる」
俺は無意識のうちに拳を握っていた。
そうだ。あの異世界で、俺は“戦う覚悟”を持って立っていた。
仲間たちと共に、命をかけて“世界を救った”。
そしてこの現実世界で、もう一度、人生をやり直すと決めた。
「場所は?」
「ミズシナテックビル地下7階。旧管理フロア。特別な社員IDじゃなきゃ入れないけど……私が案内する」
通話が切れる。
俺は立ち上がり、ネクタイをゆるめた。
深く息を吸い込んで、すべての雑念を押し流す。
この世界は、もうただの職場でも、社会でもない。
異世界の残響が、確かにここに根を下ろし始めている。
「──よし」
俺は歩き出した。
再び、“扉”に挑むために。
(続く)




