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第43話 境界が裂ける音

警報音が地下実験室に鳴り響いた。鋼鉄製の防音扉を突き破るような高周波が響き渡り、研究スタッフたちは一斉に端末から目を離して顔を上げた。


 そのときだった。


 空間の一角が波打ち、まるで布が破けるように、淡く光る裂け目が生まれた。

 転移ポータル──異世界との接点。その胎動が、ついに姿を現したのだ。


「……まずい。制御が……!」


 水科が苦悶の声を漏らす。

 予測以上の魔素が流れ込み、装置の冷却系統が悲鳴を上げていた。警告灯が赤く点滅し、機器が次々にシャットダウンしていく。


 ガラスの壁が音を立てて割れ、実験室は緊急停止状態に突入した。


「クッ……まだだ。まだ“蒼銀の鍵”が完全に発動していない!」


 装置の中央に据えられた結晶──深い蒼色に輝くそれは、高野陸が異世界から持ち帰った“魔力の残滓”をもとに複製されたものだった。


 だが、本人の意志との共鳴がなければ真価は引き出せない。共鳴が不完全なままでは、ポータルは不安定なまま、暴走の危険すらある。


 それでも水科は引き下がらない。


「俺の……この世界の未来のために。どうしても、あの力が必要なんだ……」


 扉の境界は、開きかけては揺らぎ、そして再び閉じようとしていた。

 まるで“誰か”の意志を確かめるかのように。


 扉は意思を持っている。

 それが水科の理解であり、そして──限界でもあった。


 そのとき、天井の警報が切り替わった。


『異常重力波動──検出。転移予兆、拡大中』


「くっ……時間切れか」


 水科は奥の端末に飛びつき、緊急遮断コードを打ち込もうとした──そのとき。


 空間が、低く唸った。


 人間の耳には聞こえないはずの周波数が、魂を揺らすように室内を満たす。


 次の瞬間、全照明が一斉に落ち、非常灯だけが赤く点滅を始めた。


 そして、実験室の中央に立つ蒼い結晶が、脈動を止める──その直前。


「……やはり、まだ“鍵”が足りないようだな」


 水科は、誰に語りかけるでもなく、呟いた。


 一方──


 その“異変”は、確かに他の場所にも伝わっていた。


 社屋の屋上。

 本城千尋は風に髪を揺らしながら、ポータブルモニターの画面を食い入るように見つめていた。


「……異常波動、急激な上昇。発信源は……地下レベル7?」


 あり得ない。

 あの場所はすでに封印されたはず。


 だが、そこから吹き上がるように出力される魔素の波形は、紛れもなく“扉”そのものだった。


「誰かが、無理やりこじ開けようとしている……っ」


 千尋は震える手でスマホを取り出した。

 宛先はひとつ。


 ──高野 陸。


(続く)

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