第42話 水科、密やかな実験
冷たい無機質な部屋。
空調の音すら聞こえない密閉空間の中で、男は黙々とデータをチェックしていた。
水科敬司──ミズシナテック代表取締役。
そして、かつて“扉”の先に触れたことのある、帰還者。
「……安定率、87%か。前回よりは上がったな」
目の前に浮かぶのは、立体投影された異世界座標のマップ。
魔力の流れ、空間の歪み、そして“揺らぎ”の波形──それらを独自に記録・解析していた。
彼の目的は明確だ。
再び“扉”を開き、その先にあるエネルギー資源と技術を、今度こそ自らの手で制御すること。
「我々の世界は、もう限界に近い……外から、供給するしかないんだよ」
誰に言うでもなく、ひとりごちる。
過去、水科は扉を越えた。
だが帰還時に受けた精神的影響で、その体験の大半を封じられていた。
それでも彼は“覚えていた”。
異世界には確かに、神秘と力があったと。
そして今──
“鍵”を所持している者が現れた。
「蒼銀の戦神、高野陸。……やはり、君がそうか」
水科の目が細まる。
映像モニターには、高野の社内行動記録が表示されていた。
魔素の反応は、周囲の社員とは明らかに異なる。
「あとひと押しだ。君の力を引き出せば──扉は完全に開く」
そのとき、背後の装置が“警告音”を発した。
魔力波動異常。転移予兆。
「……来たか」
水科は立ち上がった。
白衣の下に隠していた“異世界式の転位装置”を起動する。
「もう時間がない。
次の干渉には、俺自らが向かう」
目指す先は──あの地下。
世界の境界が、最も脆くなりつつある場所。
(続く)




