第34話 黒いスーツの社長令嬢
翌朝。
昨夜のうちに、俺は問題のスライドを魔力で封印しておいた。
データの中身は一時的に消去、魔力による仮想空間に格納。
要するに、封印術の応用で“存在しないことにした”わけだ。
(もうこれ以上、変な誤解は招けない)
そんな決意を胸に出社した矢先。
俺のデスクに、またしても魔王級の存在感を放つ女性が現れた。
「おはよう、高野さん」
本城千尋。企画室室長。そして、社長の娘。
白いシャツに黒のジャケット、完璧な身だしなみ。
しかしその瞳は、どこか異質な光をたたえていた。
「昨日のスライド……やっぱり気になっててね。ちょっと、お昼、一緒にいいかしら?」
これはもう逃げられない。
「……はい。喜んで」
昼休み、近くの落ち着いたカフェに入ると、彼女は紅茶を頼み、まるで社内面談のような雰囲気で切り出した。
「ねえ、“蒼銀の戦神”って、自分で名乗ったの?」
「……っ!」
心臓が跳ねた。
「安心して。。私だけよ……あの世界の存在を、ずっと前から知ってる」
千尋の瞳は、今まで見た誰よりも確信を帯びていた。
「わたしは、あなたが“本当に帰還した”ってわかってるの、数日前のあのスライムの件と
そして──あなたの魔力の“揺れ”」
俺は言葉が出なかった。
彼女がそこまで知っているとは、思っていなかった。
「蒼銀の戦神・リク。
魔王ザルグを討ち果たした英雄。
それが、今はただのサラリーマン──でも、そういうあなたが、私は嫌いじゃない」
彼女の微笑みはどこか優しかった。
けれど、その奥底にあるものは、やはり読めなかった。
「……あなたに協力したいの。扉が完全に開いてしまう前に」
俺の中で、再びあの世界の鼓動が蘇った。
(続く)




