第33話 社内報と異世界と私
朝、出社してすぐ、デスクの上に置かれていた一枚の紙。
それは、社内報の最新号だった。
表紙には、「新入社員歓迎特集」と書かれており、写真付きのフレッシュな笑顔が並んでいた。
「……あー、あいつらか」
昨日の“研修の洗礼”を思い出して、少しだけ背筋がぞわっとする。
あの時は本当に危なかった。
もしあの転移陣が作動していたら、会議室ごと“空間転移事故”になっていたかもしれない。
俺が慌てて抑え込んだ魔力は、翌日の今もまだ筋肉痛のように残っていた。
「……高野さん」
後ろから声がする。
振り返ると、葛城ユイが社内報を手にこちらを見ていた。
「昨日の資料、やっぱりあなたのじゃないですか?」
「いや、何の話だかさっぱり」
「“全力でとぼけるときの顔”ですね、それ」
「人の表情分析しないでくれる?」
ユイは小さくため息をつくと、今度は社内報の裏面を見せてきた。
そこには、研修の様子をまとめた写真が載っていた。
俺が“転移陣”の映ったスライドを前に、顔を引きつらせている瞬間だった。
「奇跡的なタイミングで撮られてますよ、これ」
「うわ、いらねぇ奇跡」
「……まあ、載ったのはこの一枚だけですけど。
“転移陣”には、モザイクかかってましたし」
「せめてモザイクじゃなくて、修正魔法で消してほしかった……」
俺はうなだれながら、コーヒーに手を伸ばす。
──しかし、この社内報事件が、思わぬ方向で波紋を広げることになるとは、まだ知らなかった。
その日の午後。
「高野くん、ちょっといい?」
呼び止めてきたのは、企画室の室長・本城千尋。
「君、昨日の研修で妙なスライドを出したって噂、出てるよ」
「えっと、それは誤解で……」
「まあ、安心して。私は噂の出どころが誰かなんて、気にしないし」
「……ありがとうございます?」
にこりと笑って、彼女は続けた。
「ただし、社内報に“転移陣らしき文様”が載ってたって話は、ちょっと面白いと思ったの。
で、そのスライドのオリジナルを、私にも見せてもらえない?」
──完全にロックオンされた。
この人がただの室長じゃないことは、帰還者である俺の本能が告げていた。
(やっべえ……軽い気持ちで作ったスライドが、異世界フラグを呼ぶとは……)
俺の地味な日常は、また一歩“非日常”へと引き寄せられていた。
(続く)




