第32話 新人研修で異能バレの危機
会議室フロアでは、新入社員向けの“職場見学研修”という名の混沌が始まっていた。
もちろん、俺も先輩社員枠として参加を命じられている。
会議室の長机を挟んで、新人たちが緊張気味にこちらを見つめてくる。
スーツに包まれた彼らの目は、純粋で真っ直ぐ──だからこそ、怖い。
(くっ……魔王の殺気より刺さるじゃねぇか)
「では、高野さん。業務で心がけていることを一言、お願いします」
突然、進行役の人事担当が振ってきた。
「あ、はい……ええと……そうですね。
“チームワーク”と“冷静な判断”を、日々心がけています」
無難な言葉を選びながら、目線だけはスクリーンに釘付けだった。
──嫌な予感がしていた。
プロジェクターが切り替わった瞬間、その予感は確信へと変わる。
(……おい、待て。その図、完全に《転移陣》じゃねぇか!)
魔素反応こそなかったが、デザインも構成も、異世界で見たものと一字一句違わない。
「うおっ、この資料……RPG感ありますね!」
「こういうの、実際に業務に使うんですか?」
新人たちは目を輝かせているが、俺の背中は冷や汗でぐっしょりだった。
「えっと……これはですね、社内資料の中に紛れていた試作デザインでして……」
人事担当が苦し紛れの笑顔で取り繕う。
(あっぶねええええ……! もし魔力残ってたら、会議室がポータルになってたかもしれん)
俺は無言で、自分のカバンの中身を思い返す。
たしか、前回プレゼンで使ったUSBの中に──
(……やっぱり混ざってたか。異世界素材、社内PCにぶっこんだの俺だわ)
その後、スクリーンの表示はすぐに切り替えられた。
誰も気づいてはいない。……はず。
しかし、俺の斜め後ろから刺さるような視線があった。
葛城ユイだ。
「高野さん、あれ……あなたの資料ですよね?」
「いや、たまたま似てるだけだと思うよ、うん」
「“転移陣”にしか見えませんでしたが」
「……それは気のせい」
彼女の冷ややかな視線にさらされながら、俺は椅子に深く沈み込んだ。
(新人より怖ぇ……この人)
新人研修──それは帰還者にとって“異能封印力”が試される最前線でもあった。
そしてその日。
俺は帰り際、USBメモリをすべてロック付きの魔封箱に収納することを決意した。
(続く)




