第31話 開かれかけた扉
水科社長の目は、真っ直ぐこちらを捉えていた。
その静かな圧力に、俺の全身が本能的に身構える。
「あなたのような“帰還者”は稀少です。そう、極めて」
水科はゆっくりと近づいてくる。
その足取りは落ち着いていて、敵意を見せているわけではない。
だが、油断はできなかった。
「なぜ……あなたが、ここに?」
俺の問いに、水科は微笑みを崩さず答える。
「扉が開く兆しが見え始めたのは、数週間前。異界の“力”がこの世界ににじみ始めた」
彼の言葉には確信があった。
この男は知っている。異世界の構造も、法則も。そして──この“扉”の意味も。
「高野さん、あなたはまだ自覚していないようですが……
あなたの中に、残されている“因子”は非常に強い」
水科の目が、石扉へと向く。
「あなたがここに来た時点で、既にこの場所は“開かれた”のです」
俺は石扉に再度目を向ける。
魔力視の中で、扉に刻まれた紋章が脈打っていた。
──呼応している。俺の中に残る“魔王戦の記憶”と。
「お言葉ですが、俺はもう戦う気はありません」
「……本当に、そうでしょうか?」
水科の言葉は穏やかだが、拒絶できない力が宿っていた。
「あなたは、この世界でただのサラリーマンとして生きようとしています。
しかし、既にその生き方では通じない“局面”が始まろうとしている」
石扉が──音もなく、わずかに開いた。
背筋に冷たいものが走る。
「その扉の向こうには、何が……」
問いかける俺に、水科は答えなかった。
代わりに彼は、静かにこう言った。
「この扉は、あなたにしか完全には開けられません。
そして、開けてしまえば……もう、元には戻れない」
俺の拳に、力が入る。
──逃げることもできた。
だが、それでは何も変えられない。
ここに来てしまった以上、覚悟を決めるしかないのかもしれない。
(続く)




