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第24話 通勤地獄を拒絶した男と、扉を開く準
午前8時15分。
黒塗りのセダンが、丸の内のオフィスビル前に滑り込む。
「社長、お疲れさまです」
「ありがとう。今朝も混んでたかい?」
「例の“混雑回避ルート”でスムーズでした」
水科誠司──IT企業アークリムの代表取締役であり、
そして“異世界帰還者”という裏の顔を持つ男は、静かに社内へ入っていった。
電車には、もう十年以上乗っていない。
理由は単純。怖いからだ。
帰還直後、初めて満員電車に押し込まれたとき、
魔力が漏れ、スキルが暴発しかけた。あの密室空間は、異世界よりよほど地獄だった。
だから、水科は決めた。
「電車に乗らない人生」を実現するため、起業して社長になったのだ。
社長室には結界検知機能を持つセンサーと、異常時の対応用ノートPC。
──今朝、そのモニターには、微かな“ゆらぎ”が映っていた。
(また反応しているな……高野陸。君は、やはり鍵だ)
通勤ルートと同じタイミングで、空間の加速度が乱れた。
偶然とは思えない。
「……もうすぐだな」
窓の外、都会の空。
その向こう側で、もう一つの世界がかすかに揺れていた。
《続く》




