第19話 社外のコーヒーは、なぜか魔力が揺れる気がする
「高野さん、もしお時間あれば──少し、付き合ってもらえますか?」
仕事終わりのタイミング。
会社の正面玄関を出ようとしたとき、水科社長が声をかけてきた。
え、今から飲みにでも誘われるパターンか?と思ったが、
そのトーンは妙に静かで、落ち着いていた。
「えっと……はい、大丈夫です」
気がつけば、俺は頷いていた。
◆ ◆ ◆
向かったのは、新宿駅近くの落ち着いたカフェだった。
店内は照明もBGMも抑えめで、スーツ姿の人が静かに本を読んでいるような場所。
俺たちは奥の角席に座った。
「お疲れさまでした、今日は」
「いえ、こちらこそ……資料、役に立ったならよかったです」
社交辞令めいた会話が続く。
だが、水科社長の目は、やはりどこか奥を見ているようだった。
「高野さんって、たまに“ずいぶん遠くを見てる”目をしますよね」
「え?」
「……いや、失礼。表現がヘンでした。
なんというか、若いのに“戦場を知ってる目”っていうか……ふふ、変な言い方ですね」
……この人、たまにドキッとするようなことを平気で言う。
「まぁ、仕事で色々と……」と曖昧に返しておいたが、
この“ひっかかり”は一体なんなのか。
「それにしても」
と、水科がカップを置いた。
「ここ最近、“空気のノイズ”って増えてませんか?」
「……空気のノイズ?」
唐突なワードに思わず聞き返す。
「なんというか……空気がざわつく瞬間。
視界の端で何か揺れるような、脳が一瞬だけバグるような──」
「……あー……」
言いかけて、慌てて飲み込んだ。
(それ、まんま“魔力暴発前の感覚”じゃねぇか……!)
──だが、水科はそれ以上、踏み込まなかった。
「……まあ、仕事疲れでしょうね。僕もそろそろ、疲れが溜まってるのかも」
そう言って、微笑んだ。
ああ……この人、もしかして“同じ何か”を感じてるのかもしれない。
そう思った瞬間、少しだけ、安心した。
◆ ◆ ◆
別れ際、水科はこんな言葉を残した。
「高野さん。これからも、よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
──その背中を見送りながら、俺は気づかない。
彼の中では、ある“確信”が芽生えていたことに。
「やはり──この男、“扉の鍵”になる可能性がある」
水科誠司の目が、夜の街を静かに貫いていた。
《続く》




