第17話 氷の後輩と、過去を知る男
「高野くん、今日の午後また“水科イノベーション”の社長が来社されるから、応対よろしくね」
榊課長に言われて、俺は一瞬だけ顔をしかめた。
──あの、やたら空気を読む目をした男だ。
初対面の印象は“できる人”そのものだったが、妙な既視感がどうにも気になっていた。
午後。
会議室で軽い打ち合わせの準備をしていた俺のところに、突然声がかかった。
「高野さん、これ資料です」
現れたのは、葛城ユイ。
いつものように無表情で、だが業務は完璧にこなす後輩だ。
そのまま席に並んで座っていると──
コンコン、とノック音。
「失礼します。水科です」
ドアを開けて現れたその男を見て、
ユイの動きが一瞬だけ止まった。
「……」
水科社長の目と、ユイの目が、数秒だけ交錯する。
それはほんの一瞬。
けれど、空気が少しだけ冷たくなった気がした。
「……お変わりありませんね、高野さん」
「ええ、あ、はい。どうも」
水科はいつものように穏やかな態度で席に着いた。
ユイは何も言わず、淡々と資料を置いて、静かに部屋を出ていく。
俺はなんとなく気になって、会議後にユイを追いかけた。
「ユイさん、さっき……なんか変な空気だったけど、大丈夫?」
「え?」
「水科社長と、何か?」
「……いえ。少し、昔の記憶が揺れただけです」
そう言って、ユイは小さく笑った。
その顔は、いつも通り冷静で、
──でもどこか、“遠くを見ている”ようにも見えた。
◆ ◆ ◆
一方、水科誠司は会議室を後にしたあと、
ビルの屋上でひとり空を見上げていた。
そして、静かに呟く。
「まさか……“あの時の少女”まで、この世界にいたとは」
風が、彼のコートを揺らした。
《続く》




