第13話 公園のベンチが喋りかけてくるんだが
金曜の朝。出社途中、中央線のホームで電車を待っていたところ──
神楽坂 柚葉から、謎のLINEが届いた。
【柚葉】:駅前の公園で、ベンチが喋ってきました
【柚葉】:「そなた、精霊を感じるか」って言われました
【柚葉】:私はまだ寝ボケてる?
……夢じゃないと思う。
【高野】:昨夜、帰り道の交差点で、空気が逆流してた
【高野】:一瞬、風が“巻き戻った”感じがした
【高野】:誰も気にしてなかった。たぶん、俺たちにしか見えてない
【柚葉】:また、あっちの世界が近づいてきてる……?
【高野】:たぶん、ドアが“うっかり”開きかけてる
──つまり、“異世界”が、また現実に干渉してきているということだ。
◆ ◆ ◆
仕事終わり。駅前近くの小さな公園に、俺と柚葉は足を運んだ。
「このベンチ、ですか?」
「うん。朝、ここが喋った。完全に“精霊の口調”だった」
俺は試しに、ベンチに触れてみた。が、無反応。
柚葉が半信半疑のまま、手をそっと置いた──その瞬間。
バチッ。
空気が張り詰め、時間が一瞬だけズレたような感覚。
『──また会ったな、風の巫女よ』
「……えっ」
……確かに、聞こえた。俺にも。
このベンチ、どうやら“精霊の媒体”として一時的に機能しているようだ。
しかも、あの世界で何度も聞いた声──風の精霊だった。
「……こいつ、現代のWi-Fi拾える場所に降りてきてるのか?」
「精霊、文明順応しすぎでは……」
「しかも媒体がベンチって、もうちょっと神秘性……」
「座り心地はまあまあでした」
──どうやら、異世界の“波”が、現実に漏れ出し始めている。
◆ ◆ ◆
翌日、ミーティング中。
「高野くん、この部分の見積もり、再確認お願いね」
「はい、えっと……こちらの──」
モニターの隅に、一瞬だけ“魔方陣のような図形”が浮かんだ気がした。
俺は固まる。
(……やめろ、仕事中に魔術陣表示するな……)
「なにか?」
「いえっ、大丈夫です! ちょっと目の疲れです!」
──スライドが逆回転するなんて、完全に異世界式の演出じゃないか。
しかも俺にしか見えてないっぽい。ますますヤバい。
(……これ、近づいてるな)
◆ ◆ ◆
その頃。社内の監視室にて。
「……やっぱり始まったわね、“断層の薄まり”」
本城 千尋は、モニター越しに俺と柚葉の行動を確認していた。
「まだ小規模。でも、このままだと“扉”が開きっぱなしになるかもしれない」
千尋は静かに、メールを一通作成する。
件名:【特別案件】調査依頼
宛先:高野 陸/神楽坂 柚葉
本文:
『次、あなたたちにしか視えない“扉”が開くかもしれません。
行けるなら、見に行ってきてくれる? 社外調査扱いで。』
モニターがチカチカと揺れる。
そして、画面の奥のビルの窓に、一瞬だけ──異世界の塔の影が映った。
《続く》




