第11話 社畜勇者、昼休みにコピー機と戦う
昼休み直前。都内某所、某商社の営業フロアに地味な悲鳴が響き渡った。
「え、またコピー機止まったの!? ウソでしょ!?」
声の主は、庶務担当の葛城ユイ。表情はいつも通りの無表情だが、声色には確実に焦りが混じっていた。
どうやら、例の古い複合機が紙詰まりを起こし、完全に沈黙したらしい。
社員たちが口々に言う。
「資料間に合わないって……」
「よりによって今日?」
「修理業者、また捕まらないのかよ……」
そのとき、俺は立ち上がった。
「……俺が、見てみるよ」
──高野 陸、三十三歳。異世界帰還者。肩書きは今のところ“ただの中堅社員”。
しかしあちらの世界では、魔王を討ち滅ぼした“蒼銀の戦神”なんて呼ばれていた。
そしていま、目の前にいるのは──コピー機という、現代社会の精霊兵器。
「えっ、高野さん!? 直せるんですか?」
「まあ、ちょっと装置系には覚えがあってな」
異世界では、魔導機構の修理もやっていた。魔力炉や転送陣の暴走にも対応した。
コピー機? やれる。たぶん。
俺は静かに手をかざした。
(内部構造に干渉……時制の揺れを0.2秒だけ逆行……)
掌に意識を集中し、ごく微細な“時間のゆるみ”をコピー機内部に送り込む。
──パキン。
乾いた音がして、詰まっていた紙が内部から自動で引き戻される。
そして次の瞬間、
「ウィィィン……」
──コピー機が、動き始めた。
しばし、沈黙。
「……マジで直った……」
「高野さん、いま何したんですか……?」
「さっき、手からなんか……光ってなかった?」
「や、やっぱり何か入ってるよね、この人……!」
──そのとき、ユイが俺に近づいてきた。
「……高野さん」
「はい」
「資料、刷れるのは助かりました。ありがとうございます」
「いえ、それは……偶然です」
「でも、ちょっと気になります」
「……なにが、ですか?」
「さっき、コピー機に手をかざしてから動き出しましたよね? 気のせいですか?」
「……たぶん、静電気です」
「あと、空間が一瞬だけゆらいだような気がしたんですけど」
「……多分、空調の気流です」
「なるほど。じゃあ、壊れて一週間経つ“空調のリモコン”も直してくれると助かります」
「そっちは専門外です」
「了解です。次は自販機が止まりそうなので、よろしくお願いしますね」
完全に冗談だと分かる調子でそう言い残し、ユイはクールに去っていった。
──だが、その背中に笑みが見えた気がする。
(……バレてない。けど……なんか危ない)
そして、夕方。
スマホを確認すると、柚葉からLINEが届いていた。
【柚葉】:今日、図書室のラベル剥がれたので、風魔法で貼り直しました
【柚葉】:やりすぎて図書委員に怒られました
【柚葉】:異世界スキルの使いどころ、難しいですね
【高野】:俺も今日、コピー機に時制スキル使って直した
【高野】:帰還者の仕事、現代だとたぶん設備管理です
【柚葉】:今いちばん“精霊に近い存在”って、冷蔵庫じゃないですか?
【高野】:めちゃくちゃ分かる
──異世界帰還者としてのスキル。
それが、満員電車では暴走しそうになるのに、コピー機にはちゃんと通じるのがこの世界。
今日も俺たちは──誰にも気づかれない場所で、小さな異能を使いながら、生きている。
《続く》




