第10話:この中に本物は何人いる?
金曜の夜。
俺は、神楽坂柚葉と並んで雑居ビル6階の会議室に足を踏み入れた。
扉を開けた瞬間、空気が変わった。
古びた蛍光灯に照らされた室内には、十数人の男女。
年齢も服装もバラバラ。
だけど──誰もが、どこか浮世離れした目をしていた。
「ようこそ、帰還者の皆さん」
壇上に立つのは、本城 千尋。
白のパンツスーツに身を包み、微笑を浮かべながら俺たちを見下ろす。
「今宵の目的はただひとつ。“確かめること”です」
「……あなたが、本当に異世界から帰ってきたのかを」
スクリーンには、リアルタイムの“魔力測定グラフ”が表示されていた。
表示された数値は──全員“微弱反応”。
誰もが、ほぼ同じ値。
俺も、柚葉も。
そして、“黒竜の末裔”を名乗る男も、
“魂の巫女”という主婦も。
(……測定、ザルすぎるな)
俺は気づいていた。
この程度のスキャンじゃ、“本物”なんて判別できない。
柚葉が小声で呟く。
「魔力って、“信じてる”だけでも反応するんですね……」
「……つまり、ここにいる人間、全員“本気で異世界にいたと思ってる”」
◇自己紹介タイム◇
男:「俺は“時の牢獄”から戻ってきた。右腕にまだ鎖の感触が残ってる」
女:「私は“楽園の最果て”で星の言葉を学びました。今も時々、夜空が喋ってます」
学生:「転移直後、スライムを踏みました。それが“神”だったんです」
全員、真顔だった。
冗談でも、演技でもない。
心から、異世界にいたと信じてる。
でも──どこかが、決定的に違った。
空気。肌の温度。戦場の匂い。
“本当に死にかけた人間”だけが持つ感覚が、ここにはなかった。
柚葉が口を開いた
「……高野さん、わかります?」
「うん。ここにいるの、全員──“行ってない”」
「でも……彼らは“嘘をついてる”んじゃない」
「そう。“信じてる”。心から」
(……だから、たちが悪い)
続いて、俺と柚葉の自己紹介
「蒼銀の戦神って、呼ばれてました」
「俺は、5年かけて魔王を討って──
帰ってきて、電車に乗った瞬間、泣きそうになりました」
「精霊に選ばれ、祝福され──
最後は、“精霊の裏切り”で神殿が崩れました」
「現代に戻ってから、ずっと“音”がうるさいんです。
あっちの世界は、静かだったから」
しん、と室内が静まり返る。
──でも、誰も共感しなかった。
誰も、頷かなかった。
“異世界にいたつもりの人たち”が持つその目は、
本物の帰還者の言葉に、まるでピンときていなかった。
その疑わしい集まりがお開きになり
俺と柚葉はいつものカフェへ
「……あの集まり、おかしい」
柚葉が、震える声で言った。
「あの人たち、全員“異世界”を語ってた。
でも、どれもリアルじゃなかった。
なのに、信じてる。疑ってすらいない」
「……“本物の痛み”を知らない奴らほど、堂々としてるんだよな」
俺は、アイスコーヒーの氷を見つめた。
「結局、あそこにいたのは、“異世界を夢見た人間”の集まりだった」
「──で、俺たちは?」
「“異世界を現実として、生き抜いて、終わらせた”人間だ」
「信じてもらえないのは、きっと、俺たちの方なんだよ」
柚葉は目を伏せて、笑った。
「でも……よかった。ひとりじゃなくて」
「ああ。俺も」
本城 千尋は、
屋上から、カフェのふたりを見下ろしながら。
「やっぱり……彼らが“本物”だった」
「でも──あの会場の人々も、“帰還”していたのよ。“自分の世界”からね」
「さて──本当の異世界から帰ってきたふたりに、何を託そうかしら」
彼女のモニターには、赤い警告が浮かんでいた。
【次元断層:再接触予兆──発生域:首都圏東部】
千尋は微笑む。
「次は、夢じゃ済まないわよ──蒼銀の戦神さん」
続く。




