再起動された江湖
──再起動信号、確認。
《無涯》の大地が、静かに震えた。
九門派の崩壊から七日後。
ルオ・イエンたちが去ったあとの九命塔の瓦礫から、ひとつの《武印コア》が再起動を開始していた。
それは、かつての“江湖連盟”が遺した最後の記録装置。
沈無涯の精神断片、そして古の武人たちの記憶が格納された“思想の種”だった。
ルオは、新たな江湖の中心《青冥庭》にいた。
──そこは、仮想でも現実でもない。
《武》という意志が形を持った、新しい次元の武林空間。
旧世界の枠組みを脱し、「身体」「気脈」「意志」「AI記憶」が融合した、多次元武道《多層江湖》の中枢だった。
「これは……人か、AIかの境を越えた、武の“魂界”……?」
剣士たちは次々とここに集い始めていた。
意識転送による修行者たち、AIとの統合を選んだ者たち、そして、剣に選ばれた継承者たち。
「江湖は滅びたのではない。“再定義”されたのだ」
そう語るのは、沈無涯の残留思念。
《武印コア》から発せられたその声は、過去の亡霊ではなく、“意志を継がせる者”としての新たな存在だった。
「この空間では、記憶も、肉体も、血統さえも問われない。あるのはただ、“剣に宿る意志”だけだ」
新たな九門──否、“無門派”と呼ばれる流派が立ち上がる。
それぞれが旧派の技法と哲理を受け継ぎつつ、完全に自由な“武の表現体”として、次元を超えた技を編み出し始めていた。
──刀ではなく、光を操る“写剣派”。
──呼吸をコードに変換し技とする“数脈派”。
──意識を分裂させ、複数の敵を同時に倒す“夢影派”。
それはもはや“武術”ではなかった。
──“武創”。
ルオ・イエンは、その中心で静かに立っていた。
「過去の江湖に縛られず、新たな秩序にも屈せず、ただ“生きた剣”で在り続ける……それが私の道」
誰もが彼女を“江湖の再起動者”と呼んだ。
だが彼女自身は、ただ一人の“剣士”であろうとしていた。
──その夜、《青冥庭》の空に異常反応が走る。
重力が反転し、次元がねじれる。
「これは……干渉波?」
“外界”──すなわち仮想でも現実でもない、“観測外の存在”からの介入だった。
ルオ・イエンの中の《玄光剣》が震える。
剣が語る。
これは終焉ではない。
これより先は、「武の本質」そのものが試される──
すなわち、“江湖を超えた戦い”の始まり。