仮想武林都市“無涯”
研究施設の地下、制限区画に隠された「没入型歴史再現システム」──通称《鏡界》。 それは軍事研究として一度は封印された、かつての文明の最終遺産だった。
ルオ・イエンは、沈無涯の記憶体と共にそこへ足を踏み入れた。
「これが……“江湖”の仮想世界……?」
目の前に広がるのは、あまりにも現実的な“武林都市”。 朱塗りの楼閣、石畳の道、行き交う剣士たち。空には鶴が舞い、香の煙が緩やかに漂っている。
──仮想ではない。もはや“別世界”だ。
《ようこそ。ここは、沈無涯が最後に守った都市“無涯”》
記憶体からの声と共に、街の中心──武道館のような建物が浮かび上がる。
「都市全体が、武を記録している……」
《いや。これは記録ではない。“武”そのものが再現された世界だ。気を巡らせれば、お前もまた、かつての剣士たちと同じように──》
突如、足元の石畳が震えた。
どこからか悲鳴。 そして、炎。
街の一角が爆発し、黒煙が上がる。
「っ、なに!?」
《……来たか。“模倣者”だ》
崩れた瓦礫の中から現れたのは──仮面を被った、黒衣の男たち。
彼らは、過去の剣豪の断片記憶を盗み、自らにインストールした「武の偽物」だった。
《彼らは、武の“魂”を持たぬ。だが、“技”だけは再現できる》
ルオの胸に、先ほど夢で見た沈無涯の言葉がよみがえる。
──剣は、迷いさえも断つもの。
足が震えていた。だが、右手が再び、空を斬った。
青い光の刃が走る──。
模倣者の一人が、動きを止めた。
「この手は……わたしの剣……」
《さあ、戦え。ここからが、本当の“修行”だ──》