武の記憶は眠っている ②
パルスが走る。
《──識別中》
脳内に、直接響いてきた。外部音声ではない。意識に侵入してくるような、異質な感覚。彼女の額から汗がにじむ。
「え……? 誰?」
《識別完了。意識構造一致率、41%。 仮接続、可能。──確認。名を名乗れ》
ルオは戸惑いながらも、声を震わせて名乗った。
「……ルオ・イエン。国家認定・記憶調査員第17号。許可コードは——」
《不要。問う。お前は“江湖”を知るか?》
「……え?」
その単語は、彼女の知識にはなかった。
翻訳AIに問いかけても、曖昧な返答しか返ってこない。
──江湖。
──かつて、力と義の時代を支えた、武人たちの世界。
その言葉をきっかけに、彼女の意識の奥底に、何かが流れ込んできた。
草原。剣。飛び交う気。
空を裂く掌打。地を割る剣気。
死と誇りと義理と、武の名のもとに生きた者たちの記憶。
それは、数千年を越えて眠っていた、武侠の記憶体。
──名を、沈無涯。
《……私は、最後の武人。武の終焉者。お前に、“剣”を思い出させるために目覚めた》
「ま、待って……私、戦うつもりなんか……!」
《戦うのではない。思い出せ。お前の中にも、“武”はある》
その瞬間、ルオ・イエンの脳内に、不可思議な空間が浮かび上がった。
草原に一人、剣を背負って立つ青年の姿。背後には、数百の敵。
それでも彼は、笑っていた。
沈無涯──伝説の武人の幻影。
そして、運命は動き出した。