武の記憶は眠っている ①
世界には、もう「力」がなかった。
銃も、剣も、拳すらも──すべて無意味になったのは、いつからだったか。
西暦3057年。人類はすでに“戦う”ことを忘れ、すべての争いを制御された環境でシミュレートすることで済ませる社会に移行していた。生身の暴力は違法とされ、格闘も武器も、そして武術も、「禁止された行為」ではなく、「存在しない概念」となっていた。
そんな時代、数奇な運命を背負うことになった少女が誕生した。
名前は、ルオ・イエン。
19歳の彼女は、国家歴史遺産再生局の調査員──通称「ヒストリアル」。
かつて地中に埋もれた過去文明の記録、記憶、思考パターンを読み解き、必要なら“再生”してレポートにまとめる職業だ。
今日の調査地は、東第六自治区・旧成都地区の地下シェルター跡。
彼女は、その最奥で、それに出会った。
「え……これ、何?……人間の……脳?」
半崩壊した格納庫の中で、彼女は無骨な黒い球体を見つけた。
周囲には「高濃度感応式記憶媒体 生体制御禁止」──と書かれた、旧時代の標識。
「……生体制御? でも、これ……有機じゃない。人工脳? ちがう、もっと古い……」
黒球の一部が、うっすらと彼女の手のひらの熱に反応したように、光った。